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16.慰める
「はぁっ……んんっ……はぁっ……」
身体が熱い。アルマは床の上で荒い呼吸で悶えていた。衣服が肌に擦れる度に、じわりと快楽が呼び覚まされる。目には生理的な涙が滲むのが分かる。とても苦しい。楽になりたい。そんな思いでアルマはジッと見つめてくるだけのルイスを見た。
「……。」
ルイスは何も言わない。ただ、書斎でアルマに触れた時と同じ目をしている。金色の双眸は酷く熱を帯びていて、まるで獲物を狙う狩人のようで――アルマは、その視線に耐えられない。
「見……な……」
見つめられるだけで、どんどんアルマの身体はおかしくなる。身体の温度は上がっていくし、身体は快楽を与えられるのを、今か今かと待ち望んでいる。
「ルイ……ス……さ……」
「助けてほしい?」
「んぁっ……」
静かに、でも、どこか熱を孕んだ声がアルマの耳を犯す。声をかけられるだけで快楽が滲んで、アルマはボロボロと涙を溢した。
「たす……け……」
そこに佇むルイスに向かって、手を伸ばす。ルイスは、その手を取ってアルマを抱き起した。そして、その端正な顔が近づいてきて――
「っ――!」
アルマは飛び起きた。
ベッドの上から、薄暗いながらも、もう見慣れてしまった部屋が目に飛び込んできて、アルマは、一瞬ホッとした。だが、心臓が、ドキドキと早く脈を打つのに気がついて、先程の映像を思い出す。
「っ……。」
アルマは胸を押さえて下を向いた。夢を見たと思った。
「あんなの……」
アルマはポツリと呟いて目をギュッと閉じる。蘇るのは、夢の中の、ルイスの眼差しだ。心臓がドキンと大きく脈を打つ。あの眼差しはアルマをおかしくする。アルマは両手で顔を覆って、もう一度ベッドの上で横になる。
「あんなの……」
言葉が、それ以上出てこない。夢の中の自分は、快楽に苦しんでいた。そんな夢を見てしまっただけでも死にたい気分なのに、あの夢は――
「くそっ……」
片手の拳をベッドの上に叩きつけた。ボフッと間抜けな音しかしなくて、アルマはやり切れない思いになる。夢の中であるにしろ、また、ルイスに助けを求めてしまった。それがアルマを複雑な気持ちにさせていた。涙が滲んで、更にやり切れない気持ちになる。
「あんなの……」
快楽に苦しむ夢の中で、今もアルマを快楽で苛む男を、アルマは求めてしまった。そして、その男に触れられた時、夢の中の自分は嬉しいと思ってしまっていた。
「違う……」
自分は、あんな気持ちにならない。嫌いというよりも、ルイスのことは怖いのだ。
「怖い……」
そう、アルマはルイスのことが恐ろしい。だから、触れられるのが怖い。だが、あの夢のルイスの眼差しが、夢の中のアルマをおかしくしたのだ。心の中で言い訳をして、アルマは心を落ち着かせようとする。あの眼差しがいけないのだ。あんな目で見られるくらいなら、いっそ、いつもみたいに――そこまで考えてアルマはハッと我に返る。
「っ……!」
いつもみたいに、して欲しかった?
「違う……!」
アルマは身体を起こして両手の拳を掛布団に叩きつける。またしてもボフッと間抜けな音がしたが、アルマの耳には何の音も入って来なかった。他者の手で、どんどん自分を変えられていく恐ろしさが、アルマを支配する。
「僕は……」
ギュッと、自身の身体を抱きしめる。それでも、消したい感覚が消えない。ルイスに触れられた感覚が、消えない。
「っ……」
身体が火照って、どうしようもない。脚を動かし、ようやく違和感に気がつき、アルマは死にたい気分になる。
「……。」
夢精したらしく、脚の間に不快感がある。バスローブを着ていて助かったと思う。同時に、昨日あれだけ……と、触られた事を思い出しかけ、頭をぶんぶんと横に振って、意識を散らす。
「お風呂……行かないと……」
そっとベッドから降りて、冷たく感じる外気に震える。未だ寒い春の夜明けは、アルマの身体の火照りを少しだけ覚ましてくれた気がした。
誰にも見つかりたくないと思って、自然と音をたてないように気をつけて、館の中を歩いて行く。脱衣所に入ると、アルマはバスローブを脱ぐ。脱いだバスローブを籠に入れようとして、視線を下にやると、自身の下半身の惨状が目に入って、アルマは顔を赤くした。
「っ……」
思っていたより白く汚れている。久しぶりにまじまじと見た惨状を早く洗い流したいと思って、アルマは風呂場に入った。
温めのシャワーを浴びて、汚れを落としていく。
「……。」
少しずつ身体が綺麗になっていくのを見て、ほっと溜息を吐いた。だが、身体の火照りは消えない。いっそ冷たい水でも浴びようか。そう思って、天井を仰ぎ見たアルマはビクリと震えた。
昨日も見た風呂場の天井。そういえば、昨日はルイスがアルマの身体を清めて……汚した。
「っ……!」
昨日触れられた感覚がおぼろげながらも蘇って、ゾクリと悪寒にも似た、快楽の予兆が身体に走る。
「やっ……ん……」
アルマは、熱く火照った身体を持て余していた。いつもなら、町にいた頃なら、こんなの我慢できたはずだ。だが、熱を解放する快楽を何度も味わってしまった今、アルマはとても辛い状態だ。
『助けてほしい?』
夢の中のルイスの言葉を思い出す。とても苦しい。楽になりたい。そのための方法は、とうの昔に知っているのだ。でも、まだ残っている理性が、アルマを、躊躇わせるのだ――だって、こんなのイケナイ事だ。オトナじゃなきゃ、やっちゃいけない事だ。そうやって自分に言い聞かせる。いつもなら、それで済んだはずだった――だが、身体は、アルマの意思を裏切った。
「あ、あ……」
今まで忘れようとしていた自身を見れば、それは腹に付く位まで起ちあがっていて、アルマは顔を更に赤くする。ここまで来て、耐え続けるのは、もう無理だった。
「っ……」
シャワー下の壁に背を向けて寄りかかり、恐る恐る自身へと手を伸ばす。触れただけで強い快楽を感じ、涙がこぼれそうになる。
「ん、んんっ……」
先走りで滑るせいで、自身を扱くには抵抗もない。快楽の絶頂に達するまで、それほど時間はかからない気がした――だが、快楽に集中しようとした時、声を、思い出してしまう。
『楽にしてあげる……』
「んんっ……!」
ビクンと震えて白い蜜を吐き出す。ぱたぱたと床に落ち、水流に流されていくのを見て、泣きたい気分になる。
「は、は……」
壁に寄りかかったまま、ずるりと床に座り込んでしまう――よりにもよって、絶頂に達する瞬間に思い出したのが、あの男の声だなんて!
「はは……」
一度熱を発散したことで思考は冷え、アルマは自己嫌悪に陥っていた。自嘲の笑みを浮かべ、片手で目元を覆う。涙が、シャワーに紛れて流れていった。
「……。」
しばらくの間、シャワーの中で項垂れていたが、やがて立ち上がると、シャワーを止めて目を閉じる。頬に、温い液体が伝っていったが、拭うことなく目を開け、脱衣所に出た。バスタオルを取って身体を拭き、着替えを取ろうとして気がついた。着替えは、ない。
「持ってくるの、忘れた……」
バスローブは、と思って辺りを見回すが、先程籠に入れたものしかない。流石に着る気にはならなくて、仕方なしにバスタオルを身体に巻き付ける。館の中を歩き回るのは気が進まないが、アルマは早く部屋に戻りたかった。
「はあ……」
何事もなく部屋に戻ったアルマは、ホッと溜息を吐く。こんな状態でルイスに遭遇したくはなかった。まずは服を探そうとチェストに手をかけて、再び溜息を吐く。下着は男物があるのに、服はどうも中性的というか、どちらかと言えば女物に近いものばかりだ。ルイスの普段の服装を見ると、趣味はまるで合致しないのに、何故この部屋の中にあるのか――昔、誰かと一緒に暮らしていたのだろうか。
「……。」
いつもは、女性から血をもらっていたと言っていたし、その可能性はある。そう思った途端、胸がチクリと痛んだ気がした。
「……?」
アルマは首を傾げたものの、外気の寒さに気がついて、慌てて着替えを取る。パンツをはいて、黒いズボンをはいて、上半身に身に着けるものを選ぶ。何を選んでも同じだと思って、適当に選んだ服を着た。首から肩まで露出するような服で、少し後悔する。前に選んだものと似ている。
「また、肩が出る……」
何だか心許なくて両肩に触れるが、少し眠気が来たのを感じて、ベッドへと向かう。掛け布団を捲ってベッドの中にもぐりこみ、深い溜息を吐いて目を閉じた。
しばらくの間、アルマは誰とも顔を合わせたくなかった。
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