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18.ごめんね

「ん……」  暖かで気分の良い寝心地のベッドの中で、アルマは夢見心地で目覚めた。部屋に入る光は少ないが、外の明るさからして、日は既に高く上っているものと思われる。しばらく天井を見つめたまま、ゆっくりと瞬きする。 「……。」  溜息を吐いて、ゆっくり起き上がる。先程のような疼きはなくなっているが、身体がまだ少し熱を帯びているし、おまけに怠さを感じる。 「……。」  嫌でも、風呂場で自分がしてしまったことを思い出し、一気に現実に戻されたアルマはもやもやした気分になる。最悪だった。もうしないと誓っていた行為をしてしまっただけでなく、よりにもよって、あの男の声を思い出して、達してしまった。それがアルマを苛む要素になっている。 「……。」  はしたない、いやらしい、えっちだ……そんな言葉が頭を過って、アルマはボフンと枕に顔を埋めた。やり切れない思いで、枕をぎゅっと抱きしめる。 「なぐさみもの……」  前に、ルイスが言っていたことを思い出す。 『自分は男だから、そういう心配はないって思っていたのかい? ボクの腕の中で女の子みたいに啼いていたのに?』 「はは……」  自分の目に、涙がじわりと浮かぶのが分かる。昔、町で聞きかじった卑猥な話も思い出して、少し死にたい気分になる。 「僕は男だ……」  言葉に出してみるも、自信が持てない。ルイスに好き勝手に触られて、身体をいいようにされているのが、ルイスの言う「慰み者」と同じに思えて、とても泣きたくなる。 「……。」  落ち着こうと思って、もう一度起き上がって深呼吸をする。少しだけ落ち着いた気持ちになって、アルマは目を閉じる。できるなら、「慰み者」じゃなくて、僕は――そこで、アルマの思考を遮るように、ガチャリと扉の開く音がした。 「っ……」  思わずビクリと震えて、布団を抱き寄せる。ルイスが、ペトラと一緒に部屋に入ってきたのが見えた。手にはティーポットとティーカップを持っている。ルイスはアルマが起きているのを見ると、困ったように笑いかけた。 「ああ、おはよう、アルマくん。」 「おはよう……ございます……。」  アルマは戸惑いながらも、返事をする。ルイスはアルマの元に歩きながら、話を続けた。 「……身体の調子はどうだい?」 「あまり……良くないです。」  アルマがそう答えると、ルイスは寝台近くの台にティーポットとティーカップを置く。 「ハーブティーだよ。飲めるようなら飲むといい。お腹は空いているかい?」 「いえ、あまり……」 「そうか。ペトラ、アルマくんの傍に居てくれないか。アルマくん、お腹が空いたら、この子に言うといい。食事を用意してあげる。」  傍に寄ってきたペトラをなでながら話すルイスを見て、アルマは居た堪れない思いになる。  自分が、惨めに思える。  俯いて目を閉じていると、ルイスの声が降ってきた。 「ボクはまだ、やることがあるからね。これで失礼するよ……昨日は、ごめんね。」 「……!」  最後に小さく聞こえた言葉に、アルマは瞠目した。慌ててルイスを見ようとしたが、ルイスは既に部屋から出ていく所で、何かを言う暇もなく、ルイスは去って行った。 「……。」  しばらく沈黙したまま扉を見つめていたが、ペトラがすぐ傍で浮いているのに気がつき、アルマはペトラに手を伸ばした。ペトラはアルマの胸に擦り寄ってきて、そのままアルマになでられている。その姿を見ると、アルマは少しだけ、ペトラが羨ましく思えた。 「……君は、あの人と仲良しなんだね。」  ペトラは不思議そうに、アルマを見ている。そう思えて、アルマは言葉を零していく。 「僕は、あの人のことが怖いんだ……僕が僕じゃなくなる気がして……でも……」  そこで一旦黙った。ペトラは、アルマをジッと見つめる。アルマは小さく笑って首を横に振った。 「何でもないよ……あのね、頭の中がぐちゃぐちゃなんだ……とっても、ぐちゃぐちゃなんだ……」  アルマは自分の目に涙が滲むのを感じる。ペトラはアルマの腕から抜け出し、ルイスの置いたティーポットの傍へと移動した。アルマも誘われるまま、ティーポットの傍へと移動する。 「……お茶? ……良い匂い。」  蓋を開けて漂う香りがアルマの記憶を刺激する。老婆がよく淹れていたハーブティーの一つと、同じ香りがした。 「……懐かしいな。おばあちゃんのお茶と……同じ匂いがする。」  ティーポットの蓋を閉めて、ティーカップに中身を注ぐ。ティーポットを置くと、ティーカップから、香りが辺りに広がった気がして、アルマは更に涙が滲むのを感じた。 「……。」  それ以上、声に出して話せなくて、黙ってお茶を飲む。記憶の中の老婆のハーブティーと同じ味がして、アルマは涙を溢した。 「はは、味まで一緒だ……。」  そのまま、アルマは自分の涙も飲み込むように、カップのお茶を飲み干す。香りがアルマの身体を抜けて、もやもやした思いを少しだけ取り払ってくれるような気分になる。 「……。」  しばらくの間、ティーカップを持ったまま、黙って目を閉じる。記憶の中の老婆が、優しく頭をなでてくれている気がした。 「……ペトラ、僕、もうちょっと寝るよ。」  ティーカップを置いて、ベッドの中へと戻る。ペトラも一緒にベッドに入ってきて、アルマは自然と笑顔になる。 「あはは、一緒に寝たいの? じゃあ、一緒に寝ようか、ペトラ。」  小さな頃に、ぬいぐるみと一緒に寝たことを思い出しつつ、穏やかな眠りの淵へと向かった。

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