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19.日記

「……。」  薄暗い部屋の中で、アルマは目覚めた。しばらく天井をボーっと見ていたが、眠る前、一緒にベッドにいたペトラのことを思い出し、身を起こして辺りを見回す。 「ペトラ……?」  どこにもいない。ルイスの所にでも行ったのだと思って、少し溜息を吐いた。 「あの人の所か……」  しばらく布団を握りしめて、何を考えるでもなくジッと手元を見ていたが、ある事を思い出して、アルマはベッドから出る。机の引き出しの中を覗きこみ、白い本があるのを確認した。ルイスの白い日記は、まだアルマの元にある。 「……よかった。」  まだ寒く感じる空気から逃れるように、アルマはベッドへと戻って布団を被り、手にしたルイスの日記を開いた。今度は最初のページを読むことにする。 10月27日  罠を設置するための手法をメモする。やる気がないと言っているのだから、さっさと帰ればいいのに、彼らは5時間も粘った。いい加減こちらもウンザリしてきたので、追い払うための策を練る。 「彼ら? 5時間?」  アルマは訳が分からなかったが、とりあえず先へと読み進める。 10月28日  明らかに殺意のあるものだと、こちらに言いがかりをつけられる可能性もある。適度に追い払うには、服を汚してやる程度の罠の方が良いだろう。屋敷の入り口にインクが飛び出る仕掛けを作ったら、ブラウが引っかかった。純血でも不意を突かれることがあるのが意外だ。ブラウには、相当怒られた。罠は取り外した。 「ブラウ……?」  前にも見た名前だった。この文章から読み取れるのは、ブラウがルイスの知り合いのであることだ。 「吸血鬼、かな……?」  アルマは少し不安になりながらも、先へと読み進める。 10月29日  親父もいい歳だ。会社を早めに譲って隠居したのは賢い選択だったが、引っ越しを考える必要もあるのかもしれない。 「親父……会社……」  何だかテレビドラマで見たような感じの、人間臭い話だ。異形の世界にも会社があるのかと、アルマは首を傾げつつも先へと読み進める。 10月30日  いくら素質があると言われても、既に同族となった者達を狩るわけにはいかない。彼らは、それを理解していない。もうボクには異形を狩る資格がない。生きるためなら兎も角、静かに穏やかに暮らしている者たちを殺すのは躊躇いがある。 「異形を、狩る……?」  ますます分からなくなった。ルイスは吸血鬼だ。不本意ながらも血を吸われたことがあるだけに、ルイスが吸血鬼なのは解っている。異形にも敵対関係なんかがあるのだろうか。アルマはとりあえず先へと読み進めていく。 10月31日  今日は魔の日。この日の高揚感にも慣れつつある。あれから10年が経ったのだ。人間の脆弱さが思い知らされる。親父のことは、できる限り守っていかなくてはいけない。もう既に異なる存在になってしまったとはいえ、育ててくれた恩は忘れていない。 「人間……?」  アルマの中で、何かが繋がりそうだった。 「あの人の、お父さんは、もしかして……」  この日記の内容を信じるなら、ルイスの父親は人間……なのかもしれない。 「……。」  ルイスの生まれも育ちも、今まで気にしたことがない。気にする余裕もなかった。だが、この日記にはアルマの知らないルイスがいる。それが、何だか不思議な気分だった。  だって、アルマの知るルイスは、何を考えているか解らない、どこか遠くに感じる存在だ。近寄って来たかと思えば、アルマの身体も心も滅茶苦茶にかき乱していく。アルマはルイスが怖い。自分が自分でいられなくなるように、アルマを変えてしまいそうなルイスが怖い。  でも、この日記には、アルマの知らないルイスがいる。何を考えているか解らなくて怖い存在ではない、別の面を持つルイスが―― 「……もっと、読もうかな。」  アルマはそっと呟いて、再び日記を読み始めた。

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