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23.決意

「……。」  いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。アルマは、ぼんやりとした頭で天井をしばらく見つめていた。食べ物の良い香りがする。その香りが、温かで美味しそうな味を連想させる。アルマは、ゆっくりと起き上がった。香りの元を探すと、使っていなかったテーブルの上に、食事が用意されているのに気がついた。スープから湯気が出ていて、用意されてから、そんなに時間は経っていないと予想する。二日程ろくに食事を摂れていなかったアルマは、腹からの抗議の音が鳴るのを聞いて、とてもお腹が空いていることを思い出した。 「……食べよう。」  ベッドから降りて移動すると、テーブルの前のソファに座る。美味しそうな食事を前にして、空腹のアルマは手を合わせて目を閉じた。 「……いただきます。」  気分を落ち着けるように深呼吸し、アルマは目を開いて食事を摂り始めた。 「おいしい……」  温かくて優しい味がして、じわりと涙が滲む。  ルイスは何を考えているか解らないし、悪戯にアルマの自我を奪ってしまう。ハッキリ言って、まだ彼の事は怖い。それでも、館に来てからのアルマの食事は、ずっと彼が作っていたはずだった。その味から、感じ取れるものが――アルマには、大事なきっかけになれるような気がした。 「ごちそうさまでした……。」  用意されていた食事を全て食べ終えると、アルマは立ち上がって扉へと歩く。  感謝の言葉を、伝えたかった。  モヤモヤが少し晴れたようで、アルマは気が軽くなる。  ルイスに会いたい。そう思って、心なしか館の中を歩く足取りが早くなる。ルイスを探して歩いていたアルマだったが、ある扉の前を通りかかったところで、ガシャンと大きな金属音が響くのを聞いてしまった。 「――ッ!」  アルマはビクリと震えて立ち止まる。  この間、化け物に襲われたばかりなせいで、恐怖の記憶に縛られてしまう。 「わっ……!」  だが、いきなり目の前にペトラが飛び込んできたために、驚いてその場で尻餅をついた。 「いたた……ペトラ?」  ペトラは赤い目をアルマに向けて、何かを言いたそうにしている。そして、扉に向かって体当たりし始めた。 「ぺ、ペトラ! 今開けるから……!」  アルマは驚いて慌てて立ち上がると、取手に手をかけて、扉を開く――そして、床に倒れている人物が真っ先に目に入ってしまった。 「るっ……ルイスさん!」  アルマは我を忘れてルイスの元へと駆け寄る。ルイスは青白い顔で仰向けに倒れていた。 「ルイスさん、ルイスさん!」  アルマは、ルイスの肩を叩いて呼びかける。どう見ても異常事態だった。 「アル……マ……くん……?」  ルイスの掠れた声が聞こえて、アルマはハッとルイスの顔を見た。薄く銀色の目が開いていて、アルマを見ている――生きている!  アルマは安堵しかけたが、異常事態であるのは変わりない。自分にできることがないかと辺りを見回して、近くにベッドがあるのに気がついた。 「ルイスさん、とりあえず、ベッドで横になりましょう! 肩、貸しますから……!」  アルマは体勢を変えて、ルイスの腕を自分の肩に回す。だが、アルマと体格差のあるルイスの身体はとても重くて、なかなか持ち上がらない。 「どうしよう……っ!」  途方に暮れていると、フワッとルイスの身体が持ち上がった。驚いて見ていると、ルイスの身体はベッドの中へと運ばれていく。いつの間にかアルマの前に来ていたペトラが、ぼんやりと青く光っているのに気がついた。 「ペトラ……?」  呼びかけると、ペトラがアルマを見て笑った気がした。ルイスの身体がベッドの中に納まると、ペトラの放っていた青い光は消えた。丁寧に掛布団までかけられたルイスだったが、未だにその顔色は悪い。アルマはベッドの脇まで近寄ると、ルイスに話しかける。 「ルイスさん……一体何が……」 「はは……足が、動かなくてね……」 「――ッ!」  疲れたような表情のルイスが、掠れた声で言った言葉に、アルマは酷くショックを受けた。何故なら、過去に母が流行病を患った時と、同じ状況であるのに気がついたからだ。  ――まさか、ルイスさんまで……!  流行病に罹れば、徐々に身体が動かなくなってしまう。加えて顔色の悪いルイスを見ていると、母が弱っていった時の姿と重なって、ルイスが流行病に罹ってしまったと、分かってしまった。足元から何かが崩れ落ちていく感覚に、アルマは愕然としてルイスを見つめる。ルイスはアルマの目に視線を向けると、こんなことを言う。 「手を……出してごらん。」  言われるまま片手を差し出すと、ルイスが何かを握ったまま自身の手をアルマの手に押し付ける。アルマが慌てて、もう片方の手も添えて椀の形を作れば、ルイスは握っていた物をアルマの手の上に落とした。 「これは……」  アルマの手にあったのは、銀色のシンプルな指輪だった。アルマが困惑し、ルイスを見つめていると、ルイスは弱弱しく笑った。 「その指輪を持っていれば、しばらく魔物は寄って来ない……この森から、出られるよ。」 「……!」 「ペトラが、道を知っている……後は君に任せるよ……」  ルイスは手を下ろすと、ゆっくりと瞼を閉じた。 「ルイスさん……!」  アルマは指輪を握りしめてルイスの名を呼ぶ。ルイスは眠ったようだったが、アルマはどうしたらいいのか解らなくなった。アルマは手の中の指輪をジッと見つめる。  この館から、この森から、出ることができる。それは、アルマが望んでいた事だった。  だが、それは恐らくルイスを見捨てることだ。このままだと、ルイスは死んでしまう。 「……。」  それでもいいじゃないか、と囁く者がいる。  今まで嫌な事を、怖い事をされてきたじゃないか。  今の機会を逃せば、もう森から出ることはできなくなる。  なら、この恐ろしい吸血鬼は見捨てていいじゃないか! 「っ……」  確かに怖い事を、嫌な事をされてきた。この吸血鬼は、アルマの心をぐちゃぐちゃにかき回すことを沢山した。  頭の中がぐちゃぐちゃになって、何度も泣いた。 「でも、でも……」  それでも、アルマが襲われた後に見たルイスの顔が頭に過る。どこか悔しそうで、大切なものを傷つけられた様な、そんな表情をしていた彼を―― 「僕は……」  見捨てることなんて、できない。  アルマは、指輪を右手の人差し指にはめ、自分の部屋へと走る。できるだけ動きやすそうな服を選ぶと、それらを急いで身に着けた。部屋を出ようと思って、扉を振り向くと、追いかけてきたらしいペトラがジッとアルマを見つめている。どこか不安げな様子に見えて、アルマは安心させるようにペトラに向かって腕を広げた。 「ペトラ……ルイスさんを助けよう。一つだけ、方法があるかもしれないんだ……!」  ペトラは赤い瞳を輝かせると、アルマの胸に飛び込んだ。アルマは飛び込んできたペトラを抱きしめながら、これからやるべきことを口に出す。 「……おばあちゃんが教えてくれた薬の中に、『元気になる水薬』があったんだ。風邪にかかった時に薬を飲んだことがあるけど、すぐに元気になったんだよ。今の僕なら、その水薬を作れると思う……流行病に効くか解らないけど、試す価値はあるはず……!」  アルマは決意に満ちた目で、ペトラの瞳を見つめる。 「主な材料は、バラと月下美人だ……ペトラ、バラや月下美人が咲く場所があるなら、教えて……僕は、この森の事を知らないから、お願い……!」  ペトラはアルマをジッと見つめ、するりとアルマの腕から抜け出し、「任せろ」とでも言うように、くるくるとアルマの周囲を飛び回る。アルマは強気に笑う。 「行こう、ペトラ!」

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