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24.月下美人
月明かりが照らすなか、アルマは森の中をペトラと共に進んでいく。時折、何かの影が視界の端に入るが、全てアルマたちを避けるが如くに消えていく。アルマは、ペトラの後を追いかけて、月下美人の咲く場所へと向かっていた。バラの在処は既に見つけた。館の小さな庭園には、咲き誇るバラの花でいっぱいだったのだ。
「ペトラ、君が頼りだから……頼むよ!」
アルマは祈る気持ちで懸命に足を動かす。後は月下美人さえ手に入れば、ルイスを助けるための薬を作れる。
暗い森の中を進んでいたアルマだったが、突如として、辺りが明るくなり、視界が開けた。
「これは……」
辺り一面の白い花。月明かりが照らす白い花畑はとても幻想的で、アルマは一瞬呆けたが、視界の中に探していた物を見つけて、思わず呟く。
「あれ……月下美人だ……!」
前に一度だけ見たことのある花――月下美人が、花畑の奥に咲いているのが見える。アルマは一縷の希望が開けた思いで、月下美人の元へと歩み――突如として何者かに地面へと引きずり倒された。
「っ――!」
慌てて身を捩るが、何かがアルマを地面に押さえつける。そして、頭上から声が降ってきた。
「人のものを盗ろうとするなんて、イケナイ坊やねえ……。」
「はなせっ……」
アルマが何とか身を捩って、振り向いた視線の先に居たのは、黒いロングドレスを身に着けた白い髪の女性だった。だが、女性とは思えないほどの力で、アルマは押さえつけられている。
「この私が楽しみにしている月の晩酌を邪魔するなんて、無粋な子……どうしてやろうかしら。」
「はなせ、はなせっ……」
「放せと言われて放してあげるほど、甘くはないわ。こんな森に、貴方みたいな人間がいるのは、とても不思議だけど……あら?」
女性は何かに気づいたらしく、アルマを抑えつける手を一瞬緩める。その隙に、アルマは女性の手から抜け出すことに成功した。しかし、また別のものに腕を拘束される。慌てて振り向くと、植物の蔦の様な物がアルマの腕に絡みついていたのが分かった。視線をずらすと、いつの間にかペトラまでも蔦の様な物に拘束されている。アルマは絶望的な思いで、悔しさに涙が滲んだ。
「っ……!」
「逃げちゃダメよ……ふーん、貴方、森の王の餌なのね。それに、白魔女に気に入られてもいる。」
「え……?」
アルマは、訳が分からなくて首を傾げた。そんなことはお構いなしに、女性は面白いものを見るように近寄ると、片手でアルマの顎をくいと持ち上げる。アルマはそこで、初めて真面に女性の顔を見た。恐ろしいほど綺麗に整った顔立ちで――どこか、雰囲気がルイスに似ている。
「久しぶりに面白いものが見られたわ。あの子が執着するなんて……長生きはするものね。」
女性は一瞬ぞっとするほど綺麗に笑うと、次の瞬間にはニッコリと笑ってアルマに言う。
「貴方、月下美人が欲しいのね。気が変わったわ。取引をするなら、月下美人をあげてもいいわよ。」
「……!」
アルマは瞠目して目の前の女性を見つめる。女性は妖艶に細めた目でアルマを見つめ、衝撃的な事を言った。
「私に貴方の血を飲ませてくれれば、月下美人はあげる。どう? 簡単な話よね?」
「血を……?」
「そう、血よ。森の王の餌なんだから、意味が解らない訳ないわよねえ?」
楽しそうに話す女性を前に、アルマは身を強張らせる。血を飲ませるだけならばいい。だが、問題は、「その後」だ。
「まさか、血を飲んだ後って……」
青ざめるアルマを見て、女性は不思議そうに首を傾げた。
「あら、ちゃんと世話はしてあげるわよ。まさか、怖いのかしら? 痛い思いはしなくて済むのよ?」
「そういう問題じゃ……!」
抗議するアルマを余所に、女性はアルマの首筋に指を這わせる――瞬間、バチンと弾かれるような音がして、女性は手を慌ててひっこめた。アルマは何が起こったのか解らずにいたが、女性が激昂するのではないかと内心怯える。
「なっ……用心深いわねえ……」
対する女性は怒る素振りも見せず、ますます面白いものを見つけた様に、楽しげに笑う。
「いいわ、貸しにしてあげる。後できっちり、お代は頂くけれど、今は何もしないわ。月下美人を持って行きなさい。」
女性が指を鳴らすと同時に、アルマの腕の拘束が外れる。ペトラの拘束も一緒に外れたらしく、アルマの胸にポスンと飛び込んできた。
「ペトラ! 無事みたいだね……!」
「あらあら、随分と仲良しさんね。何に必要か分からないけど、貴方なら持って行ってもいいわ。」
女性はクスリと笑うと、アルマに背を向ける。
「あ、あの……!」
アルマは慌てて、女性の背に声をかける。不思議そうに振り向いた女性に向かって、アルマは叫んだ。
「ありがとうございます……!」
「……!」
女性はとても驚いた様に目を見開いたが、今度は温かな笑みを浮かべた。
「……変な子ね。」
そう言うと、女性の姿は霧の様にかき消えてしまった。その光景を見たアルマは一瞬呆けたものの、目的を思い出すと腕の中のペトラの瞳を見て頷いた。
「……月下美人を、持って帰らなくちゃ!」
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