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25.白魔法薬
傷だらけの手で抱えた花を調理場へと持って行く。思いの外、バラの採集に時間を取ってしまった。
「早く、作らなくちゃ……!」
水で濯いだ花たちを調理台に乗せ、花占いのように少しずつ花びらを取っていく。急いていく心を落ち着かせながら、薄暗い闇の中で器に花びらを入れていく。
『飲ませる人の事を考えるんだよ? この薬は、愛情が大事、だからね。』
アルマは、老婆から教わった事を思い出しつつ、作業を進めていく。意識しなくても、不思議と、ルイスの事ばかりが頭の中を巡っていた。
最初は、優しくて親切な人だと思った。
でも、実際は吸血鬼だった。
彼はアルマを苦しめてばかりだった。
それでも、あんな表情をされたら――
「っ……」
失敗はできない。湯を沸かした鍋に白ワインを入れて、アルマは祈る気持ちで水薬を作っていく。
ルイスの、あの表情が忘れられない。
まるで、大事に思われているみたいで、心が痛くなる。自然と涙が溢れて、鍋の中に落ちた。
「まだ……泣いちゃだめ……」
自分に言い聞かせるように涙を拭う。花びらを鍋に入れ、かき混ぜていく。アルコールを飛ばすくらいに花を煮込み、最後の工程に入って、アルマは深呼吸をする。
少しの月下美人を散らす。花びらを散らして、アルマは溢れる思いに任せて、唱えるように呟いた。
「彼の者を救う力よ……慈愛の月よ……咲き誇る光よ……私は命を抱えたい……私は運命に寄り添いたい……!」
最後に、月明かりに照らされた月下美人の葉から、一滴の水を鍋に入れる。それで、教わったことは全てだった。
「できた……!」
夜も大分更けてしまった。アルマは作った水薬を椀状の器に注ぐと、匙と共に、ルイスの眠る部屋へと持って歩く。ペトラと共に部屋へと入ったアルマは、月明かりが差し込む中で、眠っているルイスの傍で佇む。青白い顔で眠るルイスの姿は、心なしかアルマの胸を締め付ける。
「ルイスさん、これを……」
器の中の水薬を飲ませようと、匙で掬ってルイスの口元へと近づける。だが、薄く開いたルイスの口に水薬を差し入れるも、口の端からこぼれ落ちてしまう。
「お願い……飲んで……」
アルマは、どうしたらルイスが水薬を飲み込んでくれるか解らなくて、一瞬考えを巡らせた。記憶の中に、方法がないかと探して――見つけた。
「……。」
一瞬躊躇ったものの、器の水薬を口に含み、ルイスの唇へと自身のそれを押し当てる。どこかで、ボーン、ボーン、と、時計の音が鳴った。そう言えば最初に館に入った時に、振り子時計を見た気がする。そんなことが頭に過りながらも、アルマは恐る恐るルイスの口へと舌を差し入れる。
「んっ……」
水薬をルイスの口へと懸命に送る。ルイスの喉が動いて、ごくり、と飲み込む音がした。
「ふ……」
アルマは口を離すと、グイッと唇を拭う。心臓が、ドキドキと早く脈を打っている。そんな場合ではないと思うのに、胸が苦しくなる――ああ、この人に死んで欲しくない。
だって、この人のことが――
「っ……」
アルマは器を近場の台に置き、ルイスの手を握りしめる。少しだけ、ルイスの顔色が良くなった気がした。しかし、確かな事なんて解るはずもなく、祈る気持ちでルイスの手を抱きしめた。
「お願い……起きてよ……」
泣きながらこぼれた言葉は、静かな闇の中に消えた。
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