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26.生還
長い、夢を見ていた気がする。朝日差し込む部屋の中、見慣れた天井を見つめ、しばらく微睡の中で幽かな温もりを感じていた。
「……。」
やがて、はっきりしてきた意識で、一番温もりを感じる片手に視線を向ける。そこに、いるはずのない人がいると気がついて、まだ夢を見ていると思った――だって、まだアルマが傍にいるなんて、夢に違いないのだから。ルイスの手を握ったまま、アルマはベッドにもたれて眠っている。アルマに触れようと、もう片方の手を伸ばそうとしたところで、身体が酷くだるい事に気がついた。そして、自分が、どういう状況にあったかを思い出して、ルイスは、不思議そうに自身の手のひらを見つめる。
「生きている……?」
ルイスが不思議に思うのには訳がある。実際のところ、ルイスが思っていた以上に、呪いの進行は早かったのだ。一晩かけて魔除けの指輪を完成させた頃には、ルイスの足は自由に動かすことができなくなっていた。何とかアルマに指輪を渡して、ペトラに後のことを任せた後、休まず動いていたこともあって、深く眠りにつく。それでも、呪いは容赦なくルイスを蝕んでいった。本来、呪いの進行具合から考えて、今頃は血を吐き、死に辿り着くのを待つばかりのはずだった。
「まさか……呪いが、解けた……?」
ルイスは自身から呪いの気配が抜け落ちているのに気がついて、信じられない思いでアルマを見た。
傷だらけの手に、頬に残る涙の痕――アルマが、何かをしたということは明白だった。
「アルマ、くん……?」
ルイスは何とか身を起こすと、恐る恐る、アルマの肩に触れる。触れた途端に消えてしまうのではないか。やはり夢だったと、残酷な現実に、引き戻されるのではないか。そういった思いが駆け巡った。
だが、アルマが消えてしまうことはなく、その肩からもアルマの温もりが伝わる。
「アルマくん……。」
夢ではない……夢ではないのだ。今、生きていることも、アルマが傍に居ることも――全部、現実なのだ!
「ん……」
ルイスが予想していなかった未来に衝撃を受けている中、アルマが身じろいで、ゆっくりと身を起こす。思わず手を離して、ルイスはアルマの挙動を見守る。
「ルイスさん……?」
寝ぼけた眼が無防備にルイスを見つめ、次第に大きく開いていく。
「アルマくん……?」
とても驚いているようで、思わず、その名を呼んだ。
「っ……!」
名前を呼ばれた子どもは、見る見るうちにその大きな瞳から涙を溢れさせる。そして、目を細めて――笑った。
「おはよう、ございます……!」
「お、は、よう……」
思わぬ言葉をかけられ、ルイスは虚を突かれた様な返事をする。アルマが何でこんな表情をするのか、何でここにいるのか、全く解らなかったからだ。
「ルイスさん……よかった……!」
だから、アルマが抱き着いてきたのには、辛うじて身体を倒さないようにするので精一杯だった。
「アルマ、くん……」
「よかった……死ななくて、よかった……!」
泣きじゃくるアルマを、思わず抱きしめる。
このボクの腕の中で、大泣きしている。
このボクが生きていることを、喜んでいる。
このボクを恐れていたはずなのに、ボクの腕の中にいる。
信じられない事ばかりで、頭が追いつかない。
幸福な事ばかりが起こっていて、夢を見ている気分だ。
死の暗い夜に沈むと思った命は、輝く朝の中で目覚めた。そして、心を通わせたかった相手が、自分の腕の中にいる。それはまるで、生まれ変わったような気分で――全てから祝福されているような、そんな勘違いをしてしまいそうだ。
だが勘違いでもいい。今確かに、ルイスは幸福な気持ちなのだから。
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