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27.告白
ひとしきり泣きじゃくった後、ルイスに宥められながら、アルマは何があったかを話していく。
ルイスが倒れた後、ペトラと共に薬の材料を集めに行った事。老婆から教わった薬を作るためにはバラと月下美人が必要だった事。庭のバラを勝手に摘んだ事。
そして、月下美人を白い髪の女性から貰った事を話したところで、ルイスは血相を変えてアルマに詰め寄ってきた。
「その人から、何かされなかったかい!?」
「え……?」
アルマは首を傾げ、そして、あることを思い出した。
「血を、飲ませて欲しいって、言われました。」
言葉にした瞬間、ルイスの表情が宝物を取られた子どものように、酷く傷ついたようなものになる。
「まさか、血を飲ませたんじゃ……」
その表情に、アルマは慌てて否定する。
「違います! その、何かに弾かれたみたいで……『貸し』にするから、持って行きなさいって……」
その言葉を聞いて、ルイスは心底安堵した様に息を吐く。
「そうか……ねえ、アルマくん。少し疑問に思っていたんだけど……」
ルイスが、少し困ったように、笑う。
「君にとっては、ボクから逃げる好機だった。それなのに、どうして……」
「っ……」
問われたアルマは、一瞬目を伏せる。とても困る、質問だった。煙に巻こうと、咄嗟に身を引こうとしたが、手を強く握り込まれて、どうにもこの質問から逃れられる気がしない。アルマは、思わずルイスを見たが、その目は真剣そのものだった。
「えっと……その……だって……死んで欲しくなかったから……」
しばらく躊躇って、アルマはポロリとこぼす。
「あなたが死ぬの、怖かった……です。」
「アルマくん……」
逞しい腕に、ギュッと、抱きしめられた。
「っ……」
アルマは頬を赤く染める。温かい。それが気恥ずかしい。
心臓が、早く脈を打つ。それを悟られたくなくて、身を引こうとした。けれどもルイスの腕が、ますますアルマの身体を抱き込んで、それが叶わない。
「ルイスさん……!」
暗に、離して欲しいという意味を込めて、名前を呼ぶ。けれど、腕はアルマを放してくれない。
「ねえ、アルマくん……?」
囁くようにルイスが名前を呼ぶ。その声が甘くアルマを縛る。それだけで、アルマは動けなくなる。
「……ボクは、君を手放せない。」
「え……」
吐き出す様に囁かれた言葉が、大きく、響く。
「君のことが……好きなんだ。」
その言葉が――アルマを、捕らえた。
「……!」
とても愛おしそうに、そして切なそうに囁かれた言葉が、アルマの胸を締め付ける。何かを言わなくちゃいけないと思う。それなのに、ドキドキと脈打つ心臓に遮られているのか声が出ない。だから、アルマはルイスを抱き締め返す。淡く抱いてしまった、恋の気持ちを確かめるように。
「……。」
どちらも言葉を出さず、沈黙が辺りを包み込む。けれど、それは決して、気まずいものではなく、温かく甘い感情に満たされたもので――とても幸せだ。幸せすぎて眩暈がしそうで――実際、眩暈がしているのに気がつき、ルイスはアルマから手を離してベッドに倒れ込んだ。
「ルイスさん……!」
「はは……未だ本調子じゃないみたいだ。折角君が水薬を作ってくれたんだし、それを飲んで休むよ。」
心配そうに見つめるアルマに、ルイスは笑ってみせる。実際、呪いは解けたのだから、後は休めば良くなる。だが、呪いの事はアルマの知らぬ話なのだ。アルマは心配で堪らなくて――だから、口をついて、零れ落ちた。
「僕の血……の、飲みますか……?」
「……!」
驚いたのはルイスだ。驚いて、ゆっくりと起き上がる。起き上がって、アルマに笑いかけた。
「ありがとう。でも――」
笑いかけて、アルマを再び抱きしめる。抱きしめると、その唇に自身のそれと重ね合わせる。
「……!」
温かくて、柔らかい。感じた感触はアルマの人生で初めてのもので、目を閉じられなかった。アルマが動けないままでいると、ルイスは困ったように笑う。
「こういう意味で……君のこと、食べちゃいそうだ。」
「……!」
アルマが恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせる。それが、とても愛おしい。
「血を吸った後、世話だけじゃ済まなそうだ……だから、今日は、お風呂に入って、ゆっくり、休むといい。大丈夫。ちょっとの飢えなら、我慢はできるから。」
優しく頭をなで、アルマの身体を離す。温もりが離れてしまうのが、何となく寂しい。それはアルマも同じだった。でも、優しげな笑顔に、それ以上何も言えない。
「はい……。」
アルマは一言だけ返事をする。その寂しそうな表情に、ルイスは手を伸ばしそうになるのを堪える。
「食事は用意してあげられないけど、冷蔵庫から何か適当に取りだして食べてくれればいいからね。さあ、ゆっくり休むといい。」
何とか笑顔を保って、アルマに部屋を出るように促す。アルマは名残惜しそうに一瞬こちらを見たようだったが、部屋の外へと出ていった。
「……。」
アルマが部屋を出た後、ルイスは息を吐いて、ベッドに倒れ込む。
「はは……ちょっと危なかったな……」
部屋の隅で、ずっとこちらを見ていたペトラに向かって、ルイスは苦笑いをする。
「ペトラ……ありがとう。君が居なかったら、またアルマくんを怖がらせちゃうところだったよ。」
ペトラはルイスの元に近寄ると、ポスンとベッドの布団の上に乗る。
「本当に、ありがとう……」
ペトラをなでながら、ルイスは穏やかに笑った。
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