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第8話 両親

「遅かったじゃない。あたしは忙しいのよ。さっさと話しを始めて終わらせてちょうだい」  高級住宅地にある屋敷に着いた途端、広いリビングのソファに座っていた母親は夫に向かってきつい口調で言った。  実の息子である雅文に対しては素っ気なく「おかえり」と一言投げかけてきただけだ。 「……ただいま、母さん。みんな集まっていったい何の話? 俺、早く病院へ行きたいから、できるなら早く済ませて欲しいんだけど」 「あら、あなた、雅文はまだこんなことを言ってるわよ」  母親は綺麗なカーブを描く眉を上げ、呆れたように肩を竦めた。 「……雅文、おまえは私の会社を継ぐのだから、病院は辞めてもらう」 「なっ……? どういうことだよっ!?」 「今、うちの会社では遠戚であるミヤウチ君を次期社長に推す声が多いんだが、私はやはり息子であるおまえに会社を継いでもらいたくてね」 「そうね、あなたの会社のことはよく分からないけど、あたしもミヤウチ君が継ぐのは嫌だわ」  こんな時に限って両親の意見が一致する。 「何を勝手なこと言ってるんだよ! 二人とも。俺は医者なんだ、会社を継ぐなんて無理に決まってるだろ」  黒崎はあまりに一方的な両親の意見に怒りを通り越して呆れてしまう。  父さんも母さんも俺が医者になることに何も言わなかった。  反対するでも賛成するでもない、息子の進路になんかまったく興味を示さなかったくせに、どうして今になって……。 「医者にさせておいたのは、私の恩情だ。でももうお遊びは終わりにしてもらおう」 「……お遊び?」  黒崎は綺麗な眉を顰めた。  医師の仕事を『お遊び』と言う父親が異星人に見えた。 「そうだ。おまえは黒崎家の一人息子だ。会社を継ぐのは当然だろう」 「ふざけんな!! 俺は医者を辞める気はない。そんな話のためにわざわざ俺を家へ連れて来たのかよ?」 「あらあら、雅文、すっかり変っちゃって。ずっと無表情でほとんど口も利かない可愛げのない子だったのに」  母親が腕を組んだままケラケラと笑う。 「…………俺、帰るから」  黒崎はこれ以上この場にいたくなくって、ソファから立ち上がろうとしたが、ごつい手が華奢な肩を押さえつける。 「雅文様、お座りください」  黒崎が連れ去られたときにいた男たちのうちの一人が、慇懃だが有無を言わさぬ口調で言う。 「触るな! 離せっ……!!」 「うるさい、騒ぐな、雅文。まだ話は終わってない。……おまえは我が社を継ぎ、T社の社長令嬢と結婚するんだ」 「――――」  黒崎は絶句してしまう。

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