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第10話 父親の脅し

 父親の口調は軽蔑に満ち溢れている。  沢井と育んでいる大切な関係に父親が土足で踏み込んで来たような気持ちになり、黒崎は父親を睨みつけた。 「なんだ? その目は雅文。……分かってるだろうが、もう二度と沢井という男とは会わせないぞ。おまえはT社の令嬢と結婚しいずれは子をなし、我が社をより大きくしてもらわなきゃならないんだからな」 「俺は父さんの操り人形にはならない……帰る」  黒崎は再びソファから立ち上がった。  また部下の男が肩を押さえて来たので、思い切り噛んでやった。  男の手が怯んだ瞬間に黒崎はソファから離れ、リビングの扉の方へと向かう。 「もう二度とこの家へは来ないから」  捨て台詞を残し、扉を開けようとした黒崎に、父親の冷たい声が追いかけて来た。 「右手をぐちゃぐちゃにされて、外科医師として使い物にならなくなってもいいのか?」 「…………勝手にすればいい」  本当にどこまで自分本位で卑怯なのだろう。  長い間俺のことなんか見向きもしないで、会社に必要となれば手段を選ばず言うことを聞かせようとする。  父親の恐ろしいところは、その言葉が決して脅し文句だけで済まないことだ。  俺の右腕をぐちゃぐちゃにすると言ったら、本当にする。  正直怖い。  でも父さんの言うことなど決して聞けない。  俺は医師なんだし、人生のパートナーには和浩さんがいる。……とにかくこの家から逃げ出すのが先決だ。  黒崎にとって実家はもはや敵の陣地と言っていい。  リビングの扉を開け、玄関まで続く長い廊下に一歩足を踏み出したとき、父親の声がまたもや背中に刺さる。 「おまえじゃない」 「え?」  父親の言葉の意味が分からずに思わず黒崎は振り返る。 「おまえじゃないと言ってるんだ、雅文。右腕をぐちゃぐちゃにされて二度と外科医師として働けなくなるのは、沢井だ」

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