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恋人⑦
2人目の子を失った記憶から千歳が叶芽に何かあったらと不安に思う気持ちは叶芽自身も分かる。
だけど制限されて生きるのは苦痛である。
「やっぱ今日は行きたくない」
そう言うと自分の部屋に戻ろうとする。
「おい待てコラ」
千歳が叶芽を引き留めようとしたその時、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
インターホンの画面に映し出されたのは若いスーツを着た男性だ。
「おはようございます社長、お迎えに上がりました」
「ああうん、今行くよ」
彼は麻人の秘書の長谷川亮介 だ。
毎朝迎えに来てくれる。
そしてインターホンに出ている間、叶芽はいつの間にか自分の部屋に戻ってしまっていた。
「全く仕方の無い子だね。
千歳、しょうがないから今日は休ませなさい」
「お前は……
ちょっと叶芽に甘いんじゃないか?」
「そう?でもあの子には窮屈な思いもさせてるし」
麻人は息子に甘い。
普段仕事で接する機会が千歳よりも少ないので、ここぞとばかりに甘やかす。
まぁ、厳しめの千歳と甘い麻人で調和は取れているのだろう。
そして渦中の息子はと言うとベッドに寝っ転がっている。
今日はどうしても学校に行く気にはなれなかった。
仮病なんて今まで使ったことがなかったのに……
叶芽は徐にスマホを手にした。
開いたのは渚とのメッセージのやり取りの画面。
最後にやり取りしたのは『何か少しでも心配事があったら連絡してね』と渚からのメッセージに叶芽は『ありがと』と返した文章。
今無性に彼に会いたいと思ってしまうが、今は彼も学校だ。
広い部屋に1人きり。
寂しいなと思う。
そんな時部屋のドアがノックされた。
「叶芽君、いいかな?」
斐紹の声だ。
千歳だったら無視しようかと思ったが、斐紹ならいいかといいよと返事をすると、カチャリとドアが開けられた。
彼の手にはお盆が抱えられている。
「ご飯まだでしょ。
取り敢えず朝食は食べた方がいいと思う」
そう言って白い丸テーブルの上に置いた。
「じゃあここに置いとくから、また何かあったら電話でもいいから言ってね」
それだけ言うと部屋を去っていった。
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