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恋人⑧
テーブルに置かれた朝食はチーズとハムの乗ったトーストだった。
斐紹の優しさに少し心が落ち着いて、まだ食べていなかった朝食を食べた。
それから叶芽は暫く部屋に籠って、千歳が仕事部屋に行ったのを見計らって自分の部屋を出た。
そして斐紹が運んできた朝食の皿を持ってキッチンに向かう。
「あ、叶芽君。
パン食べてくれた?」
「うん、美味しかった。
ありがと」
リビングで掃除をしていた斐紹にお礼を言うと彼はにっこりと笑った。
「これからどうするの?」
今から何するのかと問われ叶芽は考える。
「う~ん……気晴らしに庭散歩?」
「そっか、行ってらっしゃい」
だだっ広い家の敷地内の庭。
家をぐるっと囲む庭の総面積はサッカーコートを2面作れるくらいには広いので、少し散歩するくらいには丁度いい。
叶芽は庭に出てこの時期咲く花を眺めながら歩いて池の前までやって来た。
そこには数匹の錦鯉が優雅に泳いでいる。
これは父、麻人のペットと言ってもいいくらい麻人は手を掛けている。
そんな鯉を暫く何も考えずに眺めていた。
どうせ考えても何も答えは出ないから。
そんな時後ろから足音が聞こえて振り向くと、そこには千歳がいた。
「母ちゃん……?」
「……窓から見えたから」
そう言って彼は叶芽の横に座った。
沈黙が続く中千歳が口を開く。
「今日だけだからな」
自分も同じΩ。
その厄介さと言うのは一番理解していたからこそ心配して口出ししてしまう。
しかしそれが叶芽には重たいと感じてしまう。
価値観は親子と言えど違うと思ったから少しだけ寄り添う、千歳なりの優しさの言葉。
「うん……」
千歳の想いは叶芽もよく分かってる。
自分も我が儘過ぎたのは反省する。
それから家の中に戻り、叶芽は学校を休んだ分ちゃんと勉強した。
夕方になり、下校時間が過ぎていることに気がついた。
叶芽はもういいかなと渚にメッセージを送ろうとしたその時、インターフォンが家に鳴り響く。
宅配便か何かと来たのかと思ったら千歳に呼ばれ、玄関へ向かうと会いたくない彼がそこにいる。
「よう……」
「……佑真」
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