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03：覚醒する性と羽根を持つ男
この兄貴と呼ばれている男は他の二人とは格が違うようにも感じる。これはあくまで推測の範囲を超えないのだが、さっき二人と、兄貴と呼ばれた男はうちの組織の人間ではない。
工場で働く人間には短髪が義務になっていた。兄貴と呼ばれた男はポマードで髪をかためていて、ゆるいウェーブがかかっている。それに、どうもカタギの人には思えない。
「さて、坊っちゃん。俺はおまえを指示があるまで監禁するように言われている」
「監……禁？」
「そうだ。だが、俺らに頼むってことは"何してもいい"ってことだ。すなわち、俺の気分次第だ」
寅山はごくりと唾を飲み込んだ。
「そういう依頼のときは、たいていろくでもねぇことをやらかしたヤツの後始末と相場が決まってる。けれど、坊っちゃんの場合は違う。はっきり言っておまえに非はない。大人のゴタゴタに巻き込まれただけだ」
「じゃあ……」
言いかけた言葉は男の鋭い眼光で遮られた。
「勘違いするな。俺は仕事はきっちりやる性分だ。だからせめて、坊っちゃんにはここで楽しい時間を過ごさせてやる」
こんな薄汚いアパートの一室で楽しいことなど、あるはずがない。男は、寅山を抱き起こし、髪をそっと掻き上げるように撫でた。
「俺は、何も知らない男を肉便器にするのが得意でさ」
「肉……」
「俺達とおさらばする頃には、突っ込まれたくてたまんねぇ体に仕上げてやるよ」
顔が近づき、サングラスの奥の瞳は、細く優しく目尻が下がっているのだと確認できたときには、すでに唇が塞がれていた。顔をそむけようにも頬を掴まれていて逃げられない。唇を重ね、舌がねじこまれる。初めてのキスは煙草の味だった。いつか好きになった女性とするのだろうと夢見たキスは、見ず知らずの男に奪われた。舌を吸われ、唾液が注がれ、息ができず、吐息が漏れる。男の舌は首筋から胸へと動き、寅山は優しく体を倒される。縛られている腕がゆっくりと畳に触れる。身をよじれば縄が、ぎりりと体を締め付ける。
「色白の肌に縄がよく似合うな」
舌は乳首に到達して、舌先に舐め転がされ、吸われる。時々、舌とは違う硬い金属のようなものが乳首に触れ、感覚の違いに体が跳ねる。胸にただついているだけだったそれが、快感をもたらす場所に変わっていく。口から、ふ、と漏れてしまう息が、いやらしくて自分の顔がカッと熱くなる。
「いい声で啼けよ。我慢することないんだぜ」
ぎゅっとつぶっていた目を開ける。意識が過敏になると、快感にさらわれてしまう。
茶色の木目の天井を見つめる。ポスターを剥がした後がある。以前の住民のものだろうか。とにかく意識を遠くへ向けるように他のことを考える。感じてはいけない。乱されてはいけない。男の指が、むき出しになっている体の中心を弾き、寅山は体をびくつかせる。
「はぁっ……！」
「ここ、自分でしか触ったことないだろ」
ぎり、と歯を食いしばり、直接的な快感を逃がす。にやにやと不敵な笑みを口元に浮かべ、男は容赦なく、その中心を指先で摘んだ。
「ちゃんと剥けてないのか？ お坊ちゃんには教えてくれる人もいねえのか」
「やっ……やめろ！」
男は上下に扱きながら、尖端の亀頭を露出させる。
「な、覚えとけ。こうして剥くようにしないと、後から困るんだよ」
「触るなっ…あっ……」
「うわ、ぬるぬるじゃん」
「あっ……！や、やだ……っ」
ぐちゅ、ぐちゅ……と卑猥な音が響く。明らかに自分の性器から溢れている液だとわかり、寅山は目をつぶり、体をよじる。性器に集まった高ぶりは、外へ放出したくて、内部でうねっている。足を閉じようとしたら、男が股の間に割り込んできて、半ば強制的に股を開かされる。
「出しちゃえって。遠慮することねぇよ」
「やっ……お願い、やっ……はあっ…ん！」
体をのけぞらせ、勢い良く吐き出した白濁は、自分の腹や胸を汚した。つんと伸ばした足の指先が痺れている。肩ではぁはぁと息をして、余韻で体がびくん、びくんと波打った。
「いいねぇ、濃くていい。この青臭いのがたまんねぇな」
男は自分の指をしゃぶっていた。寅山が吐き出したばかりのそれを美味しそうにしゃぶっている。その舌先には、銀の玉がついていた。あれは、ピアスだろうか。さきほど乳首に当たったのは、あれだろう。
「ここ扱いて射精するなんて、猿でもできる。なぁ、坊っちゃん」
寅山は首を横に振るしかなかった。もう十分じゃないか。これ以上は勘弁してほしい。
「ほら、膝を立てて、四つん這いになれ」
男は、部屋にあった毛足の長いラグを引き寄せて、寅山の体を起き上がらせ、そこに両肩をつかせる。尻を高く持ち上げられ、両手で尻を広げた。
「ひゃっ………」
「さすがに使ってねえな。出たことしかない穴だ」
顔を近づけて、じっくり見られているというだけで、もう死にたいくらいに恥ずかしい。
「冷たっ……」
何か、冷たい粘液のようなものがひやりと垂らされた。それは尻から、太ももへと伝っていく。
「入れてくださいってケツを振るような便器にしてやるからな」
「ああっ、……何！ なんですかっ……」
閉じた蕾にその粘液が指先で塗り広げられていく感覚がわかる。そして冷たいと感じた粘液は触れたところから熱を持つように熱くなる。そしてせわしなく動く指は、つぷりと、その蕾に指が入り、中に液を塗り込んでは、出てゆく。
「あっ……」
「ははは、キツキツだな。俺が直々に馴らしてやるなんてことめったにねーんだからな」
くぷんくぷん、と液が穴に飲み込まれる音と空気が抜ける音がする。侵入してくる指を拒みたいのに、締め付けるタイミングでその指は逃れ、また飲み込まれる。流れるように、指が一本、二本と抜き挿しを繰り返し、そのたびに声を漏らしてしまう。今まで感じたことのない感覚に、ただ、体はびくびくと反応するだけだ。
「坊っちゃん、力抜いてるといいことあるぜ」
「っ……ふぁっ！！」
つるんと入った二本の指が奥の何かに触れ、体に電流が走るような衝撃があった。それは先程吐き出した中心に届きそうな、快感の大きな波。
「ほおら、ここだろ」
「あっ、あっ……っ！ んっ…あっ…」
ぐっちょぐっちょと部屋中に響く水音と器用に動く指が、中をかきまぜていく。細くしなやかに動く指が、まるで内部を知り尽くしているかのように動き、触れてほしいとこに触れない。
「いやっ……やだ、それっ…！」
「焦らされんのが、やなんだろ？ ほらケツ振れよ。いいところに指を当てろよ」
理性ではわかる。もっと触ってほしくて体を動かすなんて、屈辱的な行為、誰がするものか。ただ、もう体が言うことを聞かないのだ。あんなに冷たかった粘液は、熱をまとっていて、男の指が触れた局部は焼けそうなほど熱い。拒絶しているのは頭の中だけで、体を震わせ、もうその指の先を追っている。
そこじゃない、もうすこし、ちがう、もっとこっち、ふれて、はやく――
「いやらしいな、そんなに欲しいのか」
「違うっ……！」
「たっぷりくれてやるよ。啼け」
男の指がまっすぐ差し入れられ、規則的に動き出した。触れてほしかったそこに、弄ってほしかったそこに、これでもかというほど与えられた。
「ああああっ……！ そこ、いいっ……そこ…！」
「嬉しいだろ？ 欲しかったもんな？ 坊っちゃんは素直で良い子だ」
「あ、やだっ……おかしくな…る、やだ！……あっ」
射精ではない。何も出ていない。でも、体の奥で何かが何度も弾ける。そのたびにあられもない嬌声で叫び、体をよじる。これはなんだ。なんだこれは。自分はおかしくなってしまったのか。
どれくらいの間、叫び続けていただろう。ようやく、じゅぷんと音を立て指が抜かれ、寅山はどさりと体を崩した。
「あっ……あっ……」
とくとく、と後ろの穴から粘液が溢れてくる。体は勝手にびくびくと震える。どれくらい声を出したのか、喉がかすれて、かさかさになっている。男がそのまま立ち上がっても、顔をあげる気力もない。
「覚えのいい体だな、坊っちゃん」
布が擦れる音、カチャカチャとベルトを外す音が聞こえる。男が服を脱いでいるのだろう。
体はもう自分の知っている快楽を超え、未知の快楽に溺れた。それなのに、まだ続くのだろうか。そうか、男が気持ちよくなっていないからか。
男は、横たわる寅山の胸の荒縄を緩める。もうすでに不自由な腕に慣れてしまっていた。男は縄を三重にして手首を縛り、その腕を寅山の頭の上に縫い止めた。
上半身裸の男の体はたくましく、黒革のパンツは履いたまま、前がくつろがせてあり、勃起したそれが寅山の視界に入った。
「な、楽しいだろ？ もっともっと遊ぼうぜ」
寅山は目を細めて、下から男を見上げた。楽しいはずなんてない。何より今は自分の思い通りにならない体が怖い。この先、どうなってしまうのか。どんな風に乱れてしまうのか。
そんな不安を抱える寅山のことなど気にすることなく、男は両足を脇に抱える。もう抵抗する気力などない。女にするみたいに、この男の性器に犯されるのだ。
「そんな顏するなよ。もっと良くしてやるって言ってんのに」
「……やだ……もうやだ…」
「怖いのか？ この先を知ることが」
目尻に涙が浮かぶ。それなのに寅山の蕾は、押しつけられている硬い先端を求めて、ひくひくと動いている。体は、先ほどの指戯で知ってしまった。この男は快楽を与えてくれるということに。
もう戻れないところまで来ている。自分は快楽の片鱗を知ってしまった。普通の生活をしていれば、知ることなんてなかった果てしない快楽の入口に立っている。
「いい顏だ。乾いた大地に水をくれてやる」
男は体重をかけるようにして、ぐっと腰を押し進める。
「あ……あ…っ！」
裂かれる痛みに体中がぎゅっと萎縮する。男は覆いかぶさるようにして、寅山に口づける。
さきほど味わった舌先が今度は優しく寅山の舌に絡まって、このまま身を委ねてもいいのだと安心させられてしまう。男の背中に手を伸ばし、キスを深くすると、男のそれも寅山の最奥へ侵入してくる。
「んんっ……ふ、……っ！」
「わかってる。おまえのいいとこ、たっぷり擦ってやる」
浅く引き抜かれ、押され、を繰り返し、じゅぷっじゅぷっと粘液の弾ける音がする。そのたびに、触れてほしい場所をちゃんと擦りあげていく。
「いい子だ。うまいじゃないか」
男の腰が自由に動けるようになる頃には、裂くような痛みは消えていて、その質量を内壁で感じるまでになっていた。気持ちよいところ擦られるたび、嬌声を上げる。
「あっ……ひゃ、っ…！ んあっ……」
「たっぷり馴らしたから、どこもかしこも気持ちいいだろ」
男が、引き抜いて先端だけを中に残すと途端に物足りなくなり締め付けてしまう。まるで内部が後を追うかのように。
そして深く挿されると、安堵して安堵の吐息を漏らす。もうそこは何かが埋め込まれていなければ、耐えられない。
「……はっ……いいっ……」
「ああ、入口のほうが好きか？」
「んっ、んんんっ！ そ…こ……っ！」
頭の中が、自分を貫く肉の棒のことしか考えられない。もっとしてほしい。もっと擦ってほしい。もっともっと―――
「ふあああっ……」
「ははは、もう中でイクこと覚えたのか。いいな、よく締まる」
「やっ……壊れちゃ……！」
「おまえは突っ込まれることだけ、気持ちいいことだけ考えろ」
『それでこそ、肉便器だ』
その男の声は意識の遠くで聞こえた。頭が真っ白になって、揺さぶられ意識を起こされる。とめどなく溢れる快楽は後から後から湧き出て、終わりがない。それでも足りない。もっと欲しい。自分は完全に狂ってしまった。壊れてしまったと思うのに、そんな欲望に素直な自分が美しくさえ思う。
「兄貴、こいつ完全に飛んでますぜ」
「いい具合にとろとろになってる。おまえらもかわいがってやれ」
男二人が加わって、体中をたくさんの手がまさぐる。そのたびに、のけぞり甘く啼いてしまう。どこをどんなに触られても、快楽が溢れて、すべてを受け入れてしまいたくなる。
口に男の性器を突っ込まれたときだって、生臭い白濁にまみれた性器を味がなくなるまで舐めつくしてしまう。
男が向けたレンズは赤いランプが光っていた。何かを録画されている。きっと自分の恥ずかしい姿を記録されているのだろう。そんなことも、どうでもよかった。
手に性器を扱くように握らされ、口の中にも突っ込まれ、それでいて腰を振られて体が揺れる。
「おまえの最初の男は俺だ。覚えておけ」
ふ、っと笑ったサングラスの男の背中には、天使の羽根を模した入れ墨があった。それが、寅山には自分に快楽を教えた天使のようにも見えた。
快楽に終わりがない楽園。そこには天使がいた。
「気持ちよさそうな顏しやがって」
――ごめんなさい。だって気持ちいいから。
「そんなに欲しいのか」
――ごめんなさい。だって足りないから。
むせ返るほどの精液の臭いに部屋が包まれて、嗅覚も味覚もわからなくなった。何度も意識をなくしては、腰を振られて目を覚ます。時には、ねじこまれた舌を甘噛みしてしまうことだってあった。
それでもやめてほしくない。
これが、永遠に続けばいいのにと願わずにはいられなかった。
眩しい光に目がくらんだ。薄く目を開くと、カーテンが開けられ、窓が開けられていた。窓は四角く切り取られた青空と、横断する電線しか見えない。朝が来たのだとわかった。
人の気配はしない。自分は部屋に一人らしい。でも腕は縛られたままなので、起き上がることができない。何より体のあちこちが痛かった。気を抜くと、後ろの穴からどろりと液体が溢れ、太ももに伝う。きっと、何度も吐き出された精液だろう。三人分なのだから、無理もない。
ああ、とても楽しかっ――ー
「……喜之助くん」
自分の背後から声がした。その声は聞き覚えがあった。寅山はゆっくり首だけでななめ後ろを向くと、そこにはスーツ姿の柴田がコンビニ袋を手に持ってしゃがんでいた。
今にも泣きだしそうな顏をしていた。
「なんてこと……を、酷い……」
柴田は、わあと声をあげて泣いた。肩を落とし、叫ぶように泣いていた。
窓が開いているから、声が丸聞こえじゃないか。と、なぜか寅山は冷静に柴田を見つめていた。
「一人？」
「うぅ……う、……」
柴田はしゃくり上げながら、首を縦に振った。
「おなかすいたな」
「え……」
「食料……持ってきてくれたんでしょ？」
柴田は、涙をスーツの袖で拭き、コンビニの袋を、がさがさと漁った。
「働いてるの？」
「……社会人、一年目……紡績会社の営業」
「へえ。仕事、忙しい？」
柴田は首を振った。父親は寅山羊羹の工場長だが、息子は別の会社に就職したのだとまるでたわいない世間話をつづけた。
自分は体もあらゆる体液で汚されたまま、全裸で腕を縛られて、尻の穴から精液を垂れ流して、横たわっているのに。
「今は誰もいないから、このまま逃げよう！」
柴田は必死の形相で、寅山に語りかけた。寅山は、はぁと溜息をつく。社会人ってことは、自分よりも年上なのに、この人は何を言ってるんだ。バカなのか。
「お父さんはどうなるの？」
「それは……」
「それじゃ意味はないでしょ。君のお父さんの解雇が取り下げられるまで、僕はここを逃げるわけにはいかない」
「もういいよ！ 喜之助くんがこんなことまでしなくても」
「こんなこと……？」
「頭おかしいでしょ……なんで男が男に犯されなきゃいけないの…」
ああそうか、頭がおかしいのか、と冷静に思った。でもここに来て、自分が与えられたのは快楽であって恐怖ではない。
「柴田さんは僕に食糧を運ぶ係なんでしょう？」
「そうだけど……」
「僕のことはいいから、会社に行きなよ。ああ、でも食べるときだけ腕の縄をほどいてほしいな」
「え……」
「食べ終わったら、縛って。ね？」
そのときの自分はきっと普通に笑っていたと思う。
柴田は自分の言うとおりに、腕の縄を緩めてくれた。ようやく腕が自由になったので、トイレに行った。垂れてくる精液を、指で掻きだしてみたけれど、うまくいかない。
トイレから戻ってきて、柴田がテーブルに広げた、サンドイッチやおにぎりを食べた。全裸のまま、むしゃむしゃと食べる自分を柴田は何も言わずに見ていた。お腹が膨れて眠くなる。部屋を見渡して、見つけた毛布を体にかけてから、柴田に腕を差し出した。柴田はそれを微動だにせず見ている。
「柴田さんはお父さんのことだけ考えていればいいと思う」
足音と人の気配を感じて、目を覚ますと、窓際には煙草を咥えた、兄貴と呼ばれた男が立っていた。開けられていたはずの窓は閉まっていて、カーテンで覆われていて、部屋はうっすらと薄暗い。きっともう夕方に近いのだろう。
「よう、お目覚めか」
手元の缶コーヒーに煙草の灰を落としながら、寅山に話しかける。寅山は、むくりと体を起こした。
「もうすぐ客が来る。その前におまえはこの部屋の風呂に入って体を綺麗にしておけ」
「客……」
「安心しろ。おまえのことは知らないやつらだ。たくさんかわいがってもらえ」
目の前の男はもう自分を抱かないのだと悟った。けれど、昨晩のような宴がまた今夜も続くと思うと、体が疼いた。
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