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04:肉便器の悦びを知って

 男に縄を解いてもらい、浴室に連れていかれると、ユニットバスには湯が張ってあった。温かい湯に浸かると、知らずにできていた、体のすり傷にしみた。新品のボディソープで体を洗い、シャワーで泡を流す。  浴室を出ると、ふかふかの新品のバスタオルが置いてあった。もちろん身につけるものはない。全裸のまま、待っていると、男が迎えにきた。 「抱かれたあとは、ちゃんと体をきれいにして、次を迎えろ」  寅山は黙って頷いた。再び部屋に戻れば、作業着姿の男が三人いた。若い男が一人、年配の男が二人。寅山を見て、三人は驚いた表情を見せる。 「まだ、子供じゃないか」 「ええ、でも一人前に体は覚えてるんで」 「本当に、いいんスか」 「坊っちゃん。かわいがってもらえ」  男にトンと背中を押されると、三人の男は寅山に群がるように体に触れた。また始まると思うと、自然と笑みがこぼれた。  昨夜あんなに吐き出したはずなのに、精液とは無尽蔵に体で作られるものなのだろうか。何度も射精して、中でもイッて、体は男を貪欲に受け入れるそのあとも、三人か二人の男に、代わるがわるに犯される。人が違えばキスも愛撫も違うし、当然、性器の色やカタチも違う。臭いも味も、様々だ。最初に抱いたあの男の躾がよかったのか、寅山の体はどんな愛撫でも受け入れた。快楽を味わえた。  欲しいときは欲しがって、足りないときは尻を振る。声は一切我慢しない。顔も知らない、いろんな男に抱かれ、欲望に抗わずによがって喉を枯らし、朝には柴田が運ぶ食料を食べ、夕方まで眠る。そしてまた明け方近くまで快楽に溺れる夜が来る。  朝から学校に行き、夕方は塾に通って、家に帰るという生活が遠い昔のように思える。突然消えた自分の存在は、一体どうなっているのだろう。クラスメイトの顔も、今では、はっきりと思い出せない。ただ欲望に従い、次から次へと男たちを受け入れる今の生活が、なんと甘美なことか。  柴田もいつしか、寅山とは口をきかなくなり、ただ食料だけを運んだ。寅山も柴田に、父親の話を聞くのをやめた。心のどこかで、柴田の父親のことが解決してしまえば、この生活が終わりを迎えてしまうのが嫌だと思うようになった。  あの男も、自分を抱く男たちも、自分には優しい。ここでは、求めれば与えてもらえる。由緒正しい老舗羊羹屋の御曹司という肩書を知らない男たちが自分を抱く。外界から遮断された空間の中で、いっそこのまま、ここで肉便器として終わりを迎えるのも悪くない。  とにかく朝が嫌だった。夜までが長いから。 ***  そして、何度目かの朝、その日に限って、柴田は来なかった。  胸騒ぎがした。夕方までまた眠ればいいと目を閉じると、まだ日も明るいというのに、男たちがやってきた。そこにはあの男もいた。 「坊っちゃん。これっきりだ。もう二度と会うことはねぇ」  男は寅山の縄を外し、頭を撫でた。もう一人の男が、寅山の足元にボストンバッグを置いた。開いていた鞄の口からは、ここに連れてこられたときに着ていた服や持っていた鞄が入っているのが見えた。 「終わってしまうんですか?」  寅山の声は震えていた。 「言っただろ? 監禁するのは指示があるまでだってな。俺達の仕事は終わったんだ」 『俺達とおさらばする頃には、突っ込まれたくてたまんねぇ体に仕上げてやる』  男の言ったとおりになっていた。今の自分はこんな状況下でも、突っ込まれたくてたまらなくなっている。これで終わりになってしまうことが悲しい。何もなくなってしまう。元の生活になんて戻れるはずがない。何も知らなかった頃の自分を思い出せない。 「兄貴、そろそろ……」 「ああ。わかってる」  男は立ち上がった。すでに二人の男は部屋を出ていってしまっていた。寅山は縋るような目で見上げると、男は、再び腰をおろした。 「次にお前に会うとしたら、地獄かもな」  男は寅山の髪を荒々しく掴むと、引き寄せるようにキスをした。初めてしたキスと同じ、煙草の味がした。  飛び出すように男たちが出ていって、車が走り去る音がした。解かれた手足は自由になった。きっと扉にも鍵がかかっていない。置いていった服を着て、そのまま外に出れば、家に帰れる。   それでも寅山は、自ら部屋を出ることはなかった。この場所にいたら、男たちが入ってきて、自分に再び快楽を与えてくれる。  男が去っていったのは、きっと夢なのだーーー。  男たちが出ていった数時間後に、警察が部屋に入ってきて、寅山は保護された。ここで何があったかなんて、まだ高校生の寅山に問いただす大人はいなかった。そのまま救急車で搬送され、即検査入院になり、母親と病室で対面して号泣された。  テレビでも新聞でも、自分が行方不明になったことが大きく取り上げられていたらしい。  ただひとつ、この事件の結末は事実と大きく異なっていた。 『寅山羊羹社長の息子を誘拐し、監禁した、豊橋工場の柴田友成容疑者は焼身自殺した』  自分が行方不明になり、龍崎と黒川が毎日のように自分を探してくれたことや、母が心労で倒れていたことなどを後から聞いたが、そのときの寅山にはどうでもよかった。あの終わりのない快楽は二度と味わうことができない。それが何よりつらかった。  大人になって自由の身になったら、自分の手であの快楽を手に入れる。社長になれば金が手に入る。そのためなら、それがたとえ茨の道でも社長になることを受け入れられたのだ。 ***  インターホンが鳴り、ベッドで寝入りそうになっていた寅山は目を開けた。はだけた肌襦袢を整えて、寝室から出る。廊下を素足でひたひたと歩き、玄関の扉を開けた。 「おまたせしました」  スーツの男が三人、扉の前に立っていた。 「どうぞ」  寅山は中へ迎え入れる。今日の三人は、一人は以前、体を重ねたことがあっただろうか。他の二人は初めて見る顔だ。寅山は店にとって上客らしく、新しく入ったキャストをよこしてくることもあるが、特になんとも思わない。男たちをここに呼んでも、別に上手に抱くことを求めているわけではない。  龍崎が帰ったあとは、大抵こうして男専門の風俗を呼ぶ。自分の金で自分好みのプレイをしてもらうことも、今の自分なら許されるのだ。 「今夜は、どんなプレイにしますか?」 「どうぞ、ご自由に」 「わかりました、『お坊ちゃん』」  寅山の条件は、三人で自分を好きなように犯すこと。そして自分を「坊っちゃん」と呼ぶこと。 奥の部屋のリビングには、縄が吊るせる台や拘束具のついた椅子、ありとあらゆる道具が揃っている。  赤い肌襦袢姿の寅山は、今夜も縛られ三人の男に犯される。それはあの日のように、快楽に溺れたいがために、呼ぶのだ。かわるがわる、突っ込まれ、精液を吐き出され、かけられ、叫んでも責めは止まない。それはすべて自分が望んだことだ。 「お坊ちゃん、いやらしいな」 「ごめんな……さい…!」 「欲しいんだろ。もっと腰振れよ」 「はぁっ……もっとして……!」    そのために借りた部屋で、呼びつけた男たちに、抱かれる。  真面目に働く品行方正な昼間の自分は、乱れた肉便器になる夜の自分のためにだけ存在するのだ。 *** 「ふあ」  流れる景色を見ながら、寅山はあくびをした。 「昨夜も遅かったんですね」  翌朝、別宅に迎えにきた運転手の"柴田"が寅山に声をかける。 「まあね。でも、もう最近は僕も年をとったよ。毎日したいとはさすがに思わないから」 「そろそろ落ち着いてもらわないと困ります」 「カタイこと言うなよ。これは、僕のライフワークみたいなもんだ。君が一番知っているだろ」  柴田は黙った。監禁され男にかわるがわる犯され続け、快楽に目覚めたという事実は、龍崎と運転手の柴田しか知らない。  事実と異なる結末になったあの事件について、警察に教えてもらったことがある。あのとき警察に、自分の居場所を通報したのは柴田らしい。もともとあの部屋は、柴田の父親が借りていたアパートだったという。事情聴取されたときに自分を連れ去った男は一人だったと話した。柴田はあの事件に加担していなかったと嘘をついたのだ。  それに、柴田はすでに社会的制裁を受けていた。解雇を恨んで社長の息子を誘拐した父親を持つ人間として、会社もクビになっていた。そんな柴田に、助けてもらったお礼がしたいと父に訴え、自分の近臣に置いた。そして今では、自分の運転手をしている。  そのときも、そして今も、柴田を救いたいなんて気持ちはない。ただ、自分の本性を知っている人間が一人くらいそばにいてもいいと思った。それだけだ。 「自分はともかく、龍崎様は心配していらっしゃいます」 「慎也は、僕に構いたいだけだから」 「それだけではないと存じます」 「別に、同情なんていらないのにね」  それから、大人になってから龍崎にすべてを話した。龍崎は、話を聞いて絶句していたが、おかげで自分の望むものを理解してくれたと思っている。生ぬるいセックスでも、龍崎がそれで自分を守っているつもりなら、それでいい。 「甘いんだよ、慎也は」  そう一人ごちて、寅山は眠りに落ちた。ほんのひとときの休息のあとは、今日もまた品行方正な社長の顔で微笑むのだ。

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