10 / 28

09:大人の社交場にて

 オートロックは蛇原が暗証番号を入力し、扉は開いた。広いエントランスに、大理石をあしらった床と壁面に、大人が両手では抱えきれないほどの大きさの花瓶に生花が飾られていて、中小企業の役員程度の収入では支払えないほどのマンションだということはわかる。  高階層と書かれた看板の先にある、ホテルを思わせるような、広めのエレベータに乗り、蛇原は最上階である50のボタンを押すと、ぐん、と体にGが加わり、エレベータは上昇してゆく。 「注意してほしいことがあります」 「注意……」 「フロアでは、食べ物や飲み物には手を出さないこと」 「そこには、一体何があるんだ」 「あと、私のそばからは離れないこと。できることなら、守ってあげたいので」 「離れるとか、守るとか、そんな危険な場所なのか」  何があるのか、わからないのに、先に注意事項だけ並べられてもピンとこない。 「危険な場所ではありません。選ばれた人間しかいない、大人の社交場です」 「君は僕をどこに……」  チン、とエレベーターの到着を告げるチャイムが鳴り、扉がひらくと、そこはオレンジの間接照明に照らされた金色の扉が鎮座していた。  そして、扉の左右にはインカムをつけた、サングラス姿のガタイのいい男が二人、まるで門番のように立っていた。現実世界とは、あまりにもかけ離れた空間に、寅山は体をこわばらせた。 「こちらへ」  目で合図され、歩き出す蛇原の後ろに続く。門番の右側の男は、蛇原を睨みつけた。 「狭い門から入りなさい」  男は、それだけを呟くと黙った。寅山は周囲を見渡してみるが、狭い門など見当たらない。 「滅びに至る門は大きく、その道は広い。そして、そこから入って行く者が多い。命に至る門は狭く、その道は細い。そして、それを見出す者が少ない」  その問いに、蛇原はすらすらと答え、それを聞いた左側の男は黙って観音開きに、金色の扉を開けた。 ――合言葉か。 「さ、行きましょうか」  蛇原が寅山の腰に手をまわし、扉の奥の暗闇へ促す。左右の男の視線が交差する中、蛇原と寅山は中へ進んだ。  真っ暗な廊下の先に、ろうそくが灯っているカウンターがあり、そこには目だけが開いた、黒装束の男が受付のように立っていた。 「お待ちしておりました。KillerSneak」  その名前に、寅山は耳を疑った。 「遅れてすまない。もうショーは始まってる?」 「はい」  どうしてその名で呼ばれているのか、蛇原を問い詰めたいのに、暗がりの中で、それをしてはいけない空気が漂う。 「こちら、ClassicSweetだ」 「き、君!」  思わず、声を荒げた。その名はかつて使っていて、封印したコードネームで、決して表に出すことは許されないものだ。 「ようこそ、ClassicSweet様」 「おい! どういうつもりだ……! その名は軽々しく口にしては……」  寅山は、慌てた声をあげてしまう。 「ご心配無用ですよ。ここは身分も本名も我々が厳重に守り、ご参加いただく皆様は愛称で呼び合っていただいております」 「そういうこと。まぁ、私は別でこちらの主催からはBreeder(ブリーダー)と呼ばれていますがね」 「ブリーダー?」 「すぐにわかりますよ。君、彼にはレッドを、僕はブラックを」 「かしこまりました」  その名前で活動していたのは、今から五年以上も前の話だし、その名前を知る者も今はいないはずだ。そう言い聞かせて、自分を落ち着かせていると、黒装束の男が寅山に向かって、赤い仮面を差し出した。それは、オペラ座の怪人に出てくるような、鼻から上につけるものだ。 「それをつけてこの奥へ進むんだ」  蛇原はすでに黒い仮面を渡されていて、顔に装着していた。その仮面は、いわゆる紙でできたパーティグッズのようなものではなく、金や銀の装飾がついた高貴な仮面で、後ろはサテン地のリボンがついており、後頭部で結べるようになっていた。  この先、不安しかないが、仮名を使い、仮面で顔を隠すルールであることを感じ取った寅山は、素直に赤い仮面をつけた。 「準備はよろしいですか?」  寅山が仮面ごしに頷くと、さらに奥にある扉へ蛇原は向かう。その扉は自分で開けるタイプのようで、ここはまるで映画館か、観劇の会場に向かうかのような、そんな場所だ。 「どうぞお楽しみください」  黒装束の男が背後で、深々とこちらに頭を下げた。いったい、この先に、何があるというのだろうか。  重たそうな扉を蛇原が開けると、寅山の目に飛び込んできたのは、自分たちと同じく仮面をつけた多くの人影と、その向こうに照明で照らされたステージだった。そして、同時に、さきほどまでは聞こえていなかった、耳を疑うような声がそのフロアに響いていた。 「アアッ!……アッ…! そこ、アッ、もっ……と」  悲鳴に近い嬌声だが、その声は甘さを含んだ官能の叫びであるとすぐにわかった。その声は、マイクを通し、スピーカーで大音量で流れていて、声の主はステージの上だとわかった。目線の高さにあるステージの上では、裸の人間が拘束椅子に縛り付けられたまま、股を開かされていて、その股間の蕾に太いディルドを突っ込まれていた。駆動音と共に、その持ち手の部分がぐるんぐるんと円を描いている。 ――女? いや違う。  目を凝らしてみるとステージにいるのは、女ではなく、きゃしゃで色白く、まだ幼さの残る男だった。 「これ……は……」 「あのステージにいるのは、君と同じように肉便器にされて悦びを感じるように調教された若き少年だ」  その目を見て、寅山はすぐにわかった。あの少年は今、この上なく悦びに満ちている。そして恥ずかしい自分の姿を周囲にさらされて、さらなる快感を味わっているのだ。 「僕と同じって……」 「複数の男たちに汚されることがこの上ない悦びである肉便器。貴方と同じでしょう、ClassicSweet」 「違っ……」  いや、違わなかった。そのとおりだ。自分は複数プレイでしか感じることのできない、薄汚れた肉便器なのだから。 「ここは、闇のオークション。あんな風にステージで品定めをした後で、少年たちに値がつけられる」 「値段!?」 「そう。ここにいるのは愛玩用の少年を求めている客だ」  暗がりで伺い知れないが、周囲のほとんどは黒の仮面をつけたスーツの男性だ。男たちは騒ぎ立てるわけでもなく、ステージをまっすぐに見つめている。おそらく値踏みしているのだろう。 「な、なぜ、僕をここに?」 「私はここのオーナーと面識があるのですが、ここの少年を見ていて、ふと貴方の体を思い出したのです」 「僕の?」 「ええ、私は何人もの人間と体を重ねてきましたが、貴方ほど完璧な肉便器はいなかった」  それは、褒められているのだろうか。 「貴方と最初に体を重ねたであろう人物、貴方をそんな体に仕上げた人間に興味があるのです」  脳裏によぎるのは、高校生だったときの自分だ。 ――「俺はさ、何も知らない男を肉便器にするのが得意でさ」  サングラスの男は、性交渉を知らなかった若き寅山の体に、官能の味を覚えさせた。あの男によって、寅山の体は作り上げられたといっても過言ではない。 「向こう側の扉の横で、座っている男、見えますか?」  蛇原が小さく指差す方角に寅山は顔をむける。そこには、周囲の客とは違う、佇まいの男が椅子に足を組んで座っていた。  時折、会場を照らす淡い光が男の姿を捉えたのは一瞬だった。その一瞬に、寅山は息を飲んだ。サングラスをかけた、細身の男に見覚えがあるどころか、忘れもしない。 「あの方が、このオークションの主催であり、すべての頂点の男。須藤正親です」 「須藤正親……」  高校生だった自分を肉便器にした男、その人だった。 ***  自分を拉致したとき、子分と思われる男たちが、彼のことを名前ではなく、兄貴と呼んでいたのを記憶している。態度や言葉遣いで、彼らの間に主従関係に近い何かが存在していることもわかった。  彼の仕事は、身元が訳ありで、まだ大人になっていない男を娼婦のように扱い、客を取ること。おそらくそこそこ儲けていたのだろう。当時、学生だった自分はわからなかったが、多少金銭的に余裕ができてから、彼のつけていた腕時計のブランドがようやくわかった。  歪んだ文字盤が特徴的なフランクミューラという高級ブランドの時計だ。そんな癖のあるデザインが、あの男らしくて余計に記憶に残った。  自分をこんな体にした張本人である男と、まさか二十年の時を経て再び出会うことになるとは。しかも、自分のような境遇の少年たちが甘美な嬌声をあげる、こんな場所で。  黒服のボーイが蛇原の元へやってきて耳打ちする。 「ブリーダー」 「なんですか」 「主催がお呼びです」  その声は寅山の耳にも届いた。 「ちょっと行ってきますが、あまり動かないように」  寅山の肩をぽんと叩いて、蛇原は黒服と人混みに消えていった。  ステージを照らす照明以外は、薄暗く、周囲の様子があまりわからなかったが、次第に目が慣れてきた。仮面をつけたスーツ姿の男たちが談笑したり、ステージを眺めたりしている。その人々の隙間をボーイたちが銀のトレイに飲み物をのせて、優雅に歩いている。  一見、変わった趣向のパーティかと思うが、ステージ上では全裸の少年が、今度は四つん這いになって尻を高くあげさせられている。突っ込まれたままのディルドの肌色が妙に艶かしく、照明で照らされて美しく見えてしまう。涙が溢れ、口から唾液を垂れ流しながら、それでも、表情は恍惚としている。寅山の瞳には、その姿が気の毒とも、可哀想とも映らなかった。耳に届く嬌声は、甘い催促の叫びであることも、寅山にはわかっていた。それはかつての若き日の自分と重なった。あんな風に、自分は見えていたのだ、と。  ふと、視線を向けると、須藤と蛇原は立ったまま話をしているようだった。  それにしても、仮面をつけている蛇原を見つけて声をかけてきたということは、蛇原はただの客ではないのではないか。ブリーダーと呼ばれていると言っていたが、もし『ブリーダー』が言葉どおり『繁殖』の意味だったとしたら、蛇原もこのオークションに関わっているのかもしれない。蛇原が、あのステージにいる少年を育成、調教しているとしたら。 ――「貴方をそんな体に仕上げた人間に興味があるのです」  もしかすると蛇原は気づいているのかもしれない。まったく接点のなかった二人、二度と会わないと思っていた二人とこの短期間に出会ってしまい、点と点が線になってしまった。つくづく、世の中の狭さを思い知らされる。  動揺からなのか、ひどく喉が乾いてくる。 「すみません、飲み物を頂いても?」  通り過ぎようとしていたボーイに声をかけると、持っていたトレイにはいくつかのグラスが並んでいて、ボーイはその中から赤いカクテルグラスを寅山に差し出した。 「レッドの仮面の貴方には、これを」 「あ、ありがとう」  そういえば仮面の色がレッドだったことを思い出す。もらったグラスをくい、っと口に注ぎ入れると、クランベリーのような甘さが広がったどうや らアルコールではないらしい。よく冷えていたせいか、一気に喉が潤った。  再び、ステージに目を向けると、品定めが済んだのか、少年のぐったりと脱力した肢体をスタッフと思われる男たちが二人がかりで運び出している。ステージ脇の壇上では、髭の紳士が入札方法の説明をしていた。いよいよ値段がつけられていくらしい。  周囲の人間がステージ周辺へ歩き出す。 「それでは一千万からスタートします」  その開始額に驚く。これはもはや、プレイの値段ではない。寅山が驚いている間に、次々と手が挙がる。百万単位で釣り上げられていく価格は、最終的に二千五百万で落ち着いた。養子に迎えるのか、 それとも一生の愛玩具となるのか、 少年の行く末は誰も知ることはないだろう。 「本日のメインになります」  会場がどよめき、さきほどとは空気が変わった。そしてステージには、首輪に繋がれた青年が入ってくる。年齢的には高校生くらいだろうか。その細身の体は色白で、髪はやや長めで、恥ずかしいのか、俯いていて表情はわからない。これからさきほどの少年のような辱めに遭い、品定めされるのだろうか。  青年はステージ上に置かれた壇上に上がった。首輪だけでなく、手錠もつけられていて、その繋がれた両腕は自分の中心を自ら隠していた。  黒の仮面をつけた男がゴム手袋を装着しながら、ステージに上がる。その男を見た青年は体をこわばらせる。このあと、一体何が行われるのだろうか。ステージを見つめている寅山まで、動悸がはやくなる。 「あっ……っ」  男は、中心を隠していた両腕を剥ぎ取ると、その露出された局部に明るい照明が当たる。そこはまだ青さを残した、誰の手も触れたことのない慎ましやかな雄だった。  会場全体がステージを見つめながら息を呑んだのが、寅山にはわかった。この場にいる人間は、分別のわかる大人がほしいわけでもなく、色気に満ちた女性が欲しいのでもない。まだ発展途上の若き雄を自分の手で、大人にしたいのだ。  少年と呼ぶには大人で、男性と呼ぶには青い、この齢の男をメインと呼ぶからには、世間で需要があるのだろう。 「こちらの商品は、まだ開発途上でありますので、このステージにて儀式を行います」  そのアナウンスを聞き、会場から拍手が起こった。儀式というのは、もしかしてあの秘めた場所をこの場で開発されてしまうこと、なのだろうか。  世間から隔離されたこの閉鎖空間で、人道的に許されない事が大衆の面前で行われようとしている。公開処刑に思われる行為も、この場ではショータイムに匹敵してしまう。  男が自らの手にオイルらしき粘液をたっぷりとなじませながら、青年の背後にまわり、臀部を撫で始める。 「ううっ……うぅ」  青年は拒むように首を振る。当然だろう。今の彼の意識の中でその場所は排泄に使うための場所に過ぎないのだから、他人に触れられるなんて、拒絶したいはずだ。かつての自分もそうだった、と寅山は目を細める。  男は後ろの蕾に指を入れたまま、そして、反対の手で中心を優しく扱く。抵抗することは禁じられているのか、青年はうつむき、されるがままになっている。普通なら、嫌がってるとわかるその行為を止める人間がいても不思議じゃない。  それでも、会場の人間は皆、ステージに注目している。そして、待ちわびているのだ。青年が孵化する瞬間を。 「ふっ、ふ……んんっ」  指が増やされていくにつれ、青年の声に吐息が混じる。扱かれている中心はみるみる勃ち上がり、今にも射精しそうなほどに硬さを帯びて膨らんでいる。気持ちのいい場所を心得ている同性の手にかかれば、その若さも手伝って、すぐに昇り詰めてしまう。増やされていく指が徐々に抽挿の手を早めていく。青年は後ろに違和感を抱きつつも、中心の快感にごまかされている。 「はぁっ……はっ…」  すでに大勢に見られていることも忘れ、青年は立っているのもおぼつかないほど足を震わせている。もう達するのは時間の問題と思われた矢先、中心を扱いていた男の手が離れた。 「ふぁっ……! やっ……」  縋る言葉は吐息でかき消された。その刹那の瞬間を奪われたのだから、無理もない。絶妙なタイミングで、男の手は後方の蕾を執拗に弄りだした。 「いやっ……やっ……あっん!」  すでに快楽はその秘部でも得られていたのか、後方だけになっても青年の震えは止まらなかった。会場にはぐっちょぐっちょと卑猥な水音と青年の啼き声が響く。男は空いた手で青年の胸元を支えているが、もうすでに青年は一人では立てないだろう。経験したことのない快感が青年を支配し始めているのだから。  あの感覚を、寅山の体は当然覚えている。もはやあの青年のそこは、排泄をする場所ではなく、快感を得るための場所にすり替わった。 「あああっ……っ!」  ぶるっと青年の体が震えたと思うと、その中心から勢いよく弧を描いて白濁の液が飛んだ。その射精は長く、糸を引くように続き、会場は穏やかな拍手に包まれた。  激しく肩で息をして、ステージにそのまま膝から崩れるように倒れた青年を男と、他のスタッフが支える。そして黒いマントに包まれ、そっとステージの裏へ運ばれていった。青年の表情は甘美と悦びに満ち、それはとても美しく艷やかだった。  その一部始終を見ていた寅山だったが、先程から、自分の体の異変に気づいていた。溶かされるように体が熱い。そして、その中心は緩く勃ち始め、明らかに体が疼いているのだ。あのステージのショーを見たから、という理由は考えられない。第一、寅山にそんな若さはない。欲望は常にあるにしろ、体も場をわきまえているつもりだ。 ――なんだ、これは。  ずくんずくんと心臓が高鳴る。これは具合が悪いというのではなく、発情している、といった表現が正しいのだろう。  この高ぶった熱情を鎮めてほしい。もう誰だっていいから。 「どうしました?」  聞き慣れた声に寅山は振り返る。その声は仮面をつけていても蛇原だとわかる。小さく息を乱したままの寅山を見て、蛇原は、ああ、と理解したように口元を綻ばせた。 「だから言ったでしょう。飲み物を飲んではいけない、と」 「飲み物……」  さきほどボーイから手渡された飲み物のことを思い出す。 『レッドの仮面の貴方には、これを』その言葉から察するに、黒と赤の仮面は―― 「気づきませんでしたか? この会場の人間のほとんどがブラックの仮面だということに」 「あ……」 「私も含めたこちら側の人間が黒、そしてClassicSweet、あなたのようなそちら側の人間が赤。飲み物には、赤の人間に悦んでもらうための媚薬がはいっています」  媚薬ということは、この発情は飲み物のせいだったのだ。須藤のことで気が動転していたこともあり、飲み物について注意を受けていたことを忘れていた。 「おっと」  足元のふらついた寅山を蛇原が支えた拍子にその胸にしがみついた。適度な胸板と腰にまわした頼れる腕は、寅山の体を煽るには十分だった。 「貴方もステージの上でかわいがってもらいますか?」 「なっ……」 「実は、あの子たちがちょっとうらやましかったんでしょう? あんな風にステージでみーんなに見られて、この会場のブラックの仮面の男に代わる代わる犯されたりしたら、貴方なら悦んでしまうに違いない」  悔しいが全力で否定できない。自分が望めばその環境も手に入ると思うと、体が粟立つ。 「お願いだ……鎮めてほしい」 「この私に抱いてほしいんですか?」  寅山は黙って頷くしかなかった。いや、そうじゃない。心のどこかで事故ってしまえばいいと思っていた。仕方ない状況に陥り、理由がつけば、蛇原と再び体を重ねることを選択することは、寅山にとってピンチではなくチャンスになる。龍崎が知ったら呆れるだろうと思う。そもそも蛇原は担当デザイナーで、そんなビジネスの相手と体を交わるなんて、龍崎の嫌いそうなことだ。けれど、それ以上に自分の体は、肉便器で節操がないのだ。そういう人間だと龍崎は知っているはずなのだから。 「僕の別宅があるから、そこで……」 「そのための場所を作ったんですか? 貴方はどこまでも性に対して貪欲なのですね」  今は蛇原の罵倒される言葉ですら、快楽の引き金を引いてしまいそうだ。 「お願いだ……早く」 「わかりました。そんなにおねだりされたら、私も存分に与えたくなる」  蛇原に耳元で囁かれ、寅山はいよいよ一人で立っていることができなくなった。そのまま蛇原に体を支えられ、会場のエントランスへ歩き出す。  ステージではさきほどの青年に値段がついていた。すでに五千万を超えている。  扉にたどり着いたとき、寅山はふと後方を振り返った。その場にいる人々がステージを見つめる中、その横で、まっすぐこちらに視線を向けている男がいた。 ――須藤。  寅山と目が合い、須藤はすっと片手をあげた。そのサングラスの奥の瞳が微笑んでいる気がした。

ともだちにシェアしよう!