1 / 70
第1話 フェティシズム(1)
「浄善寺 ! なんでおまえは朔 と普通に仲良く喋れるんだよ。俺にもコツ教えてよ」
辻 眞玄 の大きな声が、玄関先に響いた。
他人の家の玄関でいきなり何を叫んでいるのだと、来訪を受けた浄善寺 葵 は、眉間にしわを寄せる。
彼ら二人はプラグラインというバンドに所属しており、また小学生からの腐れ縁でもあった。
三人構成のバンドの顔とも言える眞玄はギターとボーカルを兼任していて、浄善寺がドラムス担当だ。アマチュアとは言え、それなりにファンがついている。
初期からの活動期間は4年強で、月に1~2回程度定期的にライブ活動を行っている。頭が悪そうなMCのわりに演奏技術、歌唱力には結構定評があった。
頭が、悪そう。
それに加えて眞玄は大体常にチャラい。
しかし他人の目から、軽薄そう、すごい軟派臭がする、などと見られていることに、本人はあまり気づいていない。
幸いにも見られる顔ではあったが、その顔の造りや表情が、やはり軽薄そうに見える。そして言動、行動ともに軽々しい。非常に残念な男だ。
必要以上に他人のパーソナルスペースに入り込み、距離を詰めるのにも他意はない。それは彼にとっては至って通常運転、特に意味のあることではなかった。天然と言っても良い。
「いきなりなんの話だ」
対する浄善寺は、ハーフフレームの眼鏡をかけており、可愛い顔をしているのにコンタクトレンズには絶対にしない、こだわりの眼鏡男子だ。
苗字で呼ばれることに異常に固執しており、家族や彼女以外に「葵」とはけして呼ばせない。「リズム職人」の異名を持ち、たまに他のバンドのヘルプにも駆り出されている。浄善寺は普段は大人しい男だったが、眞玄の扱いは長年の付き合いによってかなり雑だった。
今日はバンドの練習ではなく、単に夕飯でも食おうと眞玄が誘って、浄善寺の家にやってきたところだった。
「朔が、俺を警戒してる気がする。それに対して浄善寺とは、仲良いよな? この違い、なんなの?」
「気がするってなんだ。気のせいじゃないよ阿呆。聞いたぞ、眞玄。おまえ直球すぎるんだよ。自分が朔に何したか、覚えてるか」
「何って?」
「いきなりコンドーム持参で、肉体関係を迫ったそうだな。朔がえらく困惑してた」
眞玄は同じバンドのベーシストである遠藤 朔 が、いたくお気に入りだった。
けれどその気持ちが相手に伝わっているかといえば、まったく上手く伝わっていない。
先日朔がいつも以上に眞玄と距離を置こうとしているのに気づいて、何かあったのかと浄善寺が尋ねたら、おずおずとそんな回答が返ってきたのだが、正直呆れた。眞玄との付き合いは長いが、ほんとこいつ馬鹿、と心底罵りたくなった。
「え? じゃあナマだったら良かったの? 俺は構わないけどー、やっぱ礼儀かなあと思って」
素で言っているのか冗談なのか、眞玄は考えるように天を仰ぐ。人んちの玄関先で何を言ってるんだろうか。浄善寺が軽く小突く。
ともだちにシェアしよう!