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番外編 十月の朔

 朔の二十歳の誕生日の夜は、初めて眞玄の部屋にお泊まりをして、初めて肉体的に形勢逆転なことを、した。  すべてがいつもと違う。  いつも朔の部屋で、眞玄に抱かれた。誕生日の夜は、眞玄の部屋で眞玄を抱いた。自分達以外が寝静まった家で、こっそり一緒に風呂に入って洗いっこして、同じベッドで眠りに落ちた。  眞玄に借りた着替えはなんだか少し大きくて、良い匂いがした。  落ち着かなくて、ふと夜中に目が覚める。一瞬ここがどこだかわからなくて、朔は戸惑う。  十月の涼しい夜。傍に置いてあった自分のスマートフォンで時間を確認すると、午前2時を微妙に過ぎた頃だった。眠ってからあまり経過していない。  隣には眞玄が目を伏せている。朔の方に体を横たえて、整った男前の顔は安らかに見える。  眠る前のことを思い出し、またどきどきした。 (眞玄は、やっぱエロい)  立場が逆でも、滲み出るエロさにやられた。出そうになる声をかみ殺し、それでも漏れるせつない吐息が朔の性欲を駆り立てた。  眞玄の体に女性的な部分など皆無だ。細身の体に筋肉がきれいについていて、非常に男性的な魅力に溢れているのだが、その筋肉のつき加減が絶妙に色っぽい。  その体を、初めて朔のいいようにさせて貰った。 (眞玄、好き、好き、好き……どうしよ。なにこれ俺の感情)  勿論今更な感情ではあるのだが、やはり抱くのと抱かれるのでは心の動きにいろいろと差異があるようだった。  薄闇の中で眠る顔をじっと見ていたが、カーテンの隙間から見える外の景色が目に入った。朔はなんとなくベッドから這い出して、窓の傍まで行く。  雨戸が閉まっていなかったので、庭の様子が満月に近い月に照らされているのが見えた。  落ち着いた、庭。広い家。時が止まったかのような、空間。 (なんかここんち、いいなあ)  こんなところで育った眞玄を羨ましいな、などと思ったが、そもそも彼がここに来たのには両親の離婚という問題が発生したからに他ならなかった。  眞玄としては、避けたかった岐路だろう。 (でも、だからこそ今がある)  人生は何が幸いするかわからない。  少しぼおっと庭を眺めていたら、眞玄が寝返り打って、うっすらと目を開けた。 「……朔? どうした?」 「うん、なんか目が冴えちゃって」 「そっか……そんなとこいないで、俺んとこ来て」  朔は隙間のあったカーテンを閉め直し、眠そうな笑顔を浮かべて手招きする眞玄の方に戻る。  ぎゅっと抱き寄せられた。 「今夜は冷えるねえ」  少し布団から出ていただけなのに、朔の体は冷えていた。 「もう秋だしな」 「朔、もっかいエッチしとく? 今度は交代。俺がしたげる」 「……俺、さっきので満足したんだけど」 「えー? 駄目なん?」 「眞玄、眠たそうじゃん」  体をくっつけ、眠そうながらも朔の匂いを確認するようにしている眞玄に苦笑した。 「だって少ししか寝てない……朔、意外とがんがん来るし、俺疲れた」 「普段の俺の大変さが、わかったろ?」 「うん。俺今度からもっと朔に優しくするねー……あんまリミッター外さないように、頑張る」 「え、そっちかよ。もしかして今回だけなん、こういうの」 「うーん……どうしよっか?」  本当に悩んでいるのか、眞玄は難しい声を出す。朔としては、これきりにはしたくなかった。 「俺ねえ……俺はねえ……朔を可愛がりたいの。だって朔、いつもすごい良い声で鳴いてくれるじゃん? 俺としては、ああ、俺のチン○でこんなんなってくれる朔エロ可愛い、最高、テンション上がるーって……いうのがあるからー」 「だったら眞玄も良い声とやらを上げてみろよ。なんでひたすら我慢してんの」 「――や、それは」  指摘した途端に、眞玄が困った顔になる。 「なんだよ、恥ずかしいのか?」 「……そりゃ。俺我慢しなかったら多分、ドン引きするくらい甘えた声出しちゃうよ。そんなのやだ。恥ずかしすぎる」 「聞きてえわ、それ」 「気が向いたらねえ……朔、もう寝ようよ。やっぱ眠さには勝てん」  眞玄の瞼が、また落ちてきていた。  抱き締められ、温かくなってきたからか、朔も少し眠くなってきた。 「だな……寝るか」 「うん、おやすみ、朔……」  半分眠りに落ちながら、眞玄が呟いた。その腕が解かれ、完全に寝てしまった相手を確認して、朔も再び眠ることにした。  秋の虫が、庭で鳴いていた。    終

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