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第69話 終わりではなく(4)

「欲しい車とか、あるの?」 「いやー……俺そういう方面明るくなくて。でもやっぱ、最初は中古の軽でいいかなー。維持費も大変て聞くし」 「そうだねえ……まず毎年税金がかかるでしょ。勿論軽のが圧倒的に安いよね。自賠責は必須だけど、任意保険は絶対入っといて? 車両保険は余裕があればでいいけど、基本的なのは絶対! 朔の年齢だと保険料どうしても高くなっちゃうけど、もしお父さんとかから等級引き継げるんなら……」 「ス……ストップ。まだ買わないから、その時に改めて教えてくれ……」  何故か熱く語る眞玄に、ちょっと引き気味に朔が止めた。けれどそういうのに詳しい人がいると、便利ではある。何もわからない。買う段階になったら、やはり眞玄に相談しよう。 「……なんで、免許取ろうと思ったの?」  ふと、眞玄が少し不思議そうに聞いてきた。  今まで、原付の免許があればなんとかなる、と思ってなかなか自動車免許を取ろうという気にならなかった朔が、どうして急に教習所に通い始めたのか、その理由を告げていなかった。 「前に、眞玄に免許ないって言った時、なんか俺なさけねーな、と思って……で、バンドも休止したし、金そっちに取られることもないから。あと……眞玄にばっか運転させんのも、わりぃし」 「ふうん……じゃ、免許取れたらドライブデートしようね、朔の運転で。この車貸したげる」 「やっ! それは遠慮するし! 俺が車買うまで待ってくれ……」  一体いくらで購入したのか知らないが、明らかに高そうな眞玄の車を運転なんてしたくなかった。嫌がっている朔に、眞玄は軽く笑った。 「待つけどさ。……こうやって、ずっと一緒にいてね。俺と」 「ずっとは無理だろ」 「無理でもさぁ……出来るだけ。俺は朔がいれば、新月の夜でも迷わずに歩いていけると、思うし。あと、浄善寺もね。早くバンド復活させたいなー……だから、ちゃんとベースの腕も、磨いててな」  今は一人で歩いてゆかなければならない。けれど必ず、お互いの道が合流する時が来る。そうしなければならない。  その時までの、束の間の一人だ。  少し寂しそうに言った運転席の男に、朔は手を伸ばす。自分で決めた道とは言え、結構寂しがりだった。その黒髪を直すように撫でてやる。  子供の頃から両親の愛情に餓えていた眞玄は、こんなふうに撫でられたり、抱き締められたりするのがとても安心するようだった。  今ここで抱き締めたりは出来ないし、本当はキスくらいしてやりたかったが、とりあえず我慢した。 「……眞玄、夜、また会えるか?」 「今日はなんもスケジュール入れてないよ」 「じゃあ、終わったら連絡するから、……そしたら俺に眞玄の時間、割いて」 「いいけど何その言い方。まさかまた俺、朔の好きにされちゃうの?」  なんだか改まった言い方におかしくなったのか、眞玄は苦笑した。 「そんなんじゃねえし」  待ち合わせの場所に近付いていた。朔は「ここでいい」と呟いて路肩に停車して貰った。  車から降りる間際、眞玄が「またあとでね」と声を掛けたが、朔はあえてそちらを向かずに片手を軽く振った。外気の寒さに身震いをしたが、すぐに凍結の目立つ歩道を歩き出した。   終

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