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まあるい気持ち【瑠生】4
日が沈む夕暮れと夜の境目、小学生の頃に通っていたフットサルスクールを思い出す。足技を会得するため、チームの練習と並行していた。あの頃からサッカーばかりで、外で遊び回った記憶は殆ど無い。
結局、俺からサッカーを引いたら何も無いのだと、途方もない絶望感に苛まれていた。
「今日はこれで終わります」
「ありがとうございましたー」
「さようならーー」
「コーチ、またねー」
お揃いのスクールウェアに身を包んだ子供達がコーチとハイタッチをして帰っていく。何度も繰り返していた記憶が呼び覚まされるようだった。サッカーを捨てたことを後悔している訳ではないと、自分へ言い聞かせる。
ギュッと下唇を噛む。知らず知らずのうちに力が入り、唇に血が滲みそうな時だった。
大崎が俺の肩をそっと叩いた。
「宮下、行こうっ」
「…………あ、うん」
もう辛いサッカーは辞めたんだ。こんなにもサッカーに苦しんでいたとは、辞めるまで気付かなかった俺もどうかしている。サッカーをしていなければ人間らしく扱って貰えないと、自分の存在価値が下がるような強迫観念に囚われていた。
「篤人君、こちらはクラスメイトの宮下」
「宮下……です」
「初めまして。ここのオーナーの大崎篤人です。好きに身体を動かしてってね。玲太が友達を連れてくるとは、なかなかやるな」
「親にも同じこと言われた」
「お前はもうちょっと年相応のことをした方がいい」
「大人びててごめんー」
「褒めてないから!!」
大崎の従兄は背が高く、バランスの良い筋肉は、サッカー経験者であることを物語っていた。
ここのフットサル場は駅から離れたところにある。小さなコートが2面と、コンテナを改造して作った事務所が併設されており、日没後はコート全体に煌々と明かりが灯った。まるで世の中から隔離されたように、光り輝いている。
(久しぶりだ。この感覚)
深呼吸をゆっくり3回する。
強い風が吹いた瞬間、俺は吸い込まれるようにコートへ飛び出した。
先ずは、靴を鳴らすため、スクールで片付け忘れていたマーカー目掛けてドリブルを始める。ボールはいつも通り、足先へ吸い付いてくれた。
(やべ……やっぱ楽しい)
葛藤はあるものの、身体に染み付いたものは簡単に消える訳では無い。それでも怪我以前よりはかなり鈍っている。
「玲太……まさかとは思うが、『宮下君』って、あの『宮下君』?」
「ウケる。父さんと同じリアクション」
「いやいや、ここら辺でお前の高校の宮下君を知らない人はいないよ。サッカー経験者なら尚のこと、あの子の凄さを知っている」
「うん、あの宮下君だよ」
「サッカー部を辞めた噂は耳にしてたけど、そっか……怪我か……皮肉だな」
「篤兄、宮下があの宮下だってこと、知らないフリをしてて欲しい。あいつ、まだ立ち直れていない。サッカー部にも、サッカーにも未練がある」
「俺も同じ境遇だったから分かるよ。知らないフリ出来るかなー……それにしても上手い」
当然2人の会話なんか耳に届くはずもなく、俺はボール遊びに没頭していた。
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