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第3話

――アンタの女装を見ているうちに、アタシも一度でいいからオンナになってみたいって思ったの。で、それをママに言ったらノリノリでやってくれて」 喉を痛めかねない裏声でオンナになった経緯を教えてくれた朔ちゃんは、嬉しそうに身体をくねらせていた。夕方頃に、『仕事が終わり次第、店に行くわ』とスマートフォンのテキストチャットにメッセージを送ってきた彼が、一足先に入店し酒を飲んでいるだろうとは思っていたが、まさかこんなことになっているとは、誰が予想できただろう。 「もー、すごく幸せ!」 ママも同じくタコのように身体をうねうねとさせ、満面の笑みだった。 「こんなイケメンくんをアタシの手で美女にできるなんて……あーん、最高! 朔くん、とっても似合ってるわ!」 そして手元にあったスマートフォンでカシャカシャと朔ちゃんを撮影し始める。「あ、わたしもー」と、煙草を燻らせながら俺たちのやり取りを愉しげに見ていた梨々子も、スマートフォンを取り出した。朔ちゃんはそれぞれのカメラに向かって、ノリノリでポーズをきめる。無い胸を寄せる仕草や投げキッス、人工的な長い髪を掻きあげながらのわざとらしい涼しげな表情……。俺はただただ顔を痙攣らせながら、突っ立っていることしかできなかった。 「……うん! これならどこに出しても恥ずかしくないわ!」 撮った写真の数々をうっとりと見ながら、ママはまるで嫁入り前の娘に花嫁修行を積ませた母親のようなことを言う。「元の素材がいいから、とことん煌めいてくれちゃった!」 「やーん! ママったら褒め上手ー! アタシ、すごく嬉しい!」 朔ちゃんは飛び跳ねるように喜んで、ママに抱きついた。ママは心底誇らしげだった。 「ねぇねぇ、たまーにでいいから、アタシの店を手伝ってくれない?」 「ママ!」 ほとんど呆然としていたが、ママからの要請に、俺は慌てて声をあげる。するとママは一瞬、横幅の広い目を丸くしたものの、すぐに快活に笑いだした。 「冗談よ、冗談。そりゃあ、本当に手伝ってくれたら、二丁目のみんながヨダレ垂らしてウチに来てくれそうだけどね」 「ダメです! 絶対ダメ!」 朔ちゃんの務め先にバレたらどうするつもりなの。と、ママが冗談だと言ってくれているにも関わらず、必死になって反対する。スマートフォンをしまい、ママか朔ちゃんのどちらかが奢ったのであろう梅酒のソーダ割をのんびりと飲んでいた梨々子が、「アンタ、本当に愛されてるわねー」と朔ちゃんに言い、朔ちゃんも「そうなのよぉ、すごいでしょ?」とニヤニヤと自慢げに返していたが、そちらに反応する余裕はなかった。 「まぁまぁ、本当に冗談なんだから、そんなにカリカリしないの。お肌に良くないわよぉ」 「なっ……もう……」 ぎゃんぎゃんと吠える俺の頬をつつき、ママはにっこりと微笑む。余裕のある大人な対応に、昂ぶっていた気持ちが途端に萎み、きまりが悪くなる。……ママにはやっぱり敵わない。俺は仰々しく肩をすくめ、大きなため息をついた。 「せっかくだもの、この状況を愉しまないと勿体ないわ。馨ちゃんも着替えてメイクしなさい」 「えぇ……」 ママの提案に再び顔が痙攣り、「お肌」とやんわりと咎められる。まったく乗り気ではないが、ママに勝てる気がしないので、しぶしぶ従うことにした。店の奥にある休憩室兼更衣室兼化粧室へと向かう際、「馨ー、待ってるわよー」「わたしの服とかメイク道具とか、好きに使ってもいいわよー」と朔ちゃんと梨々子の声を背に受けたが、それに応える気力はなかった。

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