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第4話

新しい服に袖を通す時は、いつだってわくわくする。またひとつ、新しい自分に逢えるのではないかと思い、心が躍るのだ。 幼い頃、女子中学生がセーラー服を模した戦闘服に変身し、敵と華麗に戦うアニメに、深い憧れを抱いた。自分もこんな風に、可愛くて綺麗なオンナノコになりたいと強く願うようになった。 大人になり、二丁目で女装しながら働くようになった今でも、その気持ちが俺の根底に根づいている。毎日のようにオンナになってもなお、変身願望を抱き続けていた。 だからこそ新しい服や靴、化粧品を前にすると、高揚して顔が綻ぶのだ。 先ほどまではどうなることかと心配で憂鬱だったが、通販で買った新品の服に着替えていくうちに、気持ちは上向いていった。半袖の白いシフォンシャツにモスグリーンのロングスカート。大粒のパールのピアスをつければ、十分に女性っぽくなれそうだったのでウィッグは被らない。梨々子がメイク道具を使っていいと言ってくれたので、お言葉に甘え、スカートの色に合わせて発色の良いグリーンのアイシャドウを拝借し、顔にメイクを施した。 最後にシルバーグレーのヒールを履いて全身鏡の前に立ち、変身した自分と対面する。……うん、なかなかに悪くないと、ひとりで悦に入っていると、裏口のドアが静かに開いた。 紫穂ちゃんだった。都内の有名大学に通う彼は、どこにでもいる男子大学生の身なりで部屋に入ってきて、俺の姿を見つけ、「わっ!」と幼さが残る男の声で驚いた。 「あれ? 馨さん、今夜は非番のはずじゃ……?」 頭の中に疑問符を浮かべているであろう彼に事情を説明する。彼は俺の話を聞き進めるうちに目をキラキラと輝かせ、「待ってください! すぐに支度するんで!」と元気よく言って、レディース服を漁り始めた。よほど朔ちゃんの女装姿が見たいのだろう。15分とかからずに完璧にオンナになったのには驚いた。 「わぁーっ! ほんとだぁ! 朔ちゃんさんがオンナノコになってるー!」 朔ちゃんの姿を見た紫穂ちゃんの興奮っぷりは、ママに引けをとらないくらいだった。愉悦感に浸りっぱなしの朔ちゃんがカノジョにウインクすれば、きゃあと黄色い悲鳴があがった。 「あら、馨もばっちりね」 と、朔ちゃんは俺の姿を見て、眩そうに目を細めた。そして俺のとなりに立ち、腕を絡めてくる。 「アンタたち、ビアンカップルに見えるわよ」 ロングの黒髪を色っぽく耳にかけた梨々子に言われ、「絶対に見えない」と言下に否定する。「馨さん、ノリが悪いですよぉ」「そうよそうよぉ」と紫穂ちゃんとママに言われたが、何も返さなかった。 20センチ、とまではいかないだろうが、自分より上背の朔ちゃんを見あげる。……慶應大学の学生だった頃、ミスター慶應に選出されたことがある彼は、甘ったるくてそれでいて爽やかな美男だ。綺麗な卵型の顔の輪郭にアーモンド型の垂れ下がった大きな双眸、くっきりと鼻筋が通ったかたちの良い鼻梁、そしてどんな時でも羨ましいくらいに血色の良い唇。そりゃあ女の子が放っておくわけがないなと納得してしまうほどに、彼の顔は整っている。 普段の彼がそうだったら、がっつりとオンナノコになった今は、夏に咲く向日葵のような華やかさに、シックな黒のワンピースによる婀娜っぽさもふんだんに足されていた。 けれども俺にはいまいち、彼の女装が似合っているのか否か、判然としなかった。

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