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第5話
「それじゃあアタシたち、これからデートに行ってくるね」
朔ちゃんのノリノリのひと言に、俺は目を見開き「は?」と男の声が出た。「うそ、この格好で外をうろつくの?」
「え? 逆にうろつかないって選択肢があるの?」
朔ちゃんも驚いていた。ママや梨々子、紫穂ちゃんが「そうよそうよー」と朔ちゃんに加担する。……あぁ、ダメだ。立ちくらみがした。
「だって、バンビさんに会いに行くんでしょ?」
そうだった。今夜はこのビルの右斜め向かいにあるゲイバー、《バンビーノ》のオーナーであるバンビさんに会いに行こうと思っていたのだ。
バンビさんは、見た目はダンディなおじさんだが、中身は自由奔放な少女のような人だ。とにかく愉しいことが大好きで、「人生愉しんだもの勝ち」をモットーに、若い頃はハメを外してばかりいたそうだ。四十路を目前とした今も、何かと二丁目界隈を面白おかしく騒がせているような人で、ママと非常に仲が良い。
けれども、経営者としては非常に有能だった。初代バンビさんがこさえた数百万円の借金を、2代目の彼が完済し、《バンビーノ》は現在、黒字経営を続けている。関西の名門国立大学の経営学部出身ということもあり、二丁目デビューした頃から店の経営に興味があったそうだ。
彼の辣腕っぷりは二丁目イチと言っていいだろう。俺はもちろん、普段は悪友よろしくつるんでいるママも、この点に関しては一目を置いていた。
そんなバンビさんは先日、政府系機関が主催する個人経営者向けのセミナーに参加したそうで、その際に配布された資料や講義内容のメモを借りる約束をしていたのだ。
「それは、また今度でいいよ」
かぶりを振って拒む俺の腕を、朔ちゃんはがっちりとホールドし、ふくれっ面で見おろしてくる。
「何でよ? あれだけ『早くバンビさんに会いたい!』って言ってたじゃない?」
「う……」
確かに言っていた。数日前、バンビさんがセミナーに参加したことを耳にした俺は、彼に会って資料を借りて話が聞きたいと、しきりに朔ちゃんに言っていた。バーの経営者としてまだまだ尻の青い俺は、とにかく色んなことを学びたかった。自分の店に足りないもの、強みとなっているもの、集客率の上げ方など、見つめ直す機会がほしかった。
けれども、今の姿の朔ちゃんを連れて二丁目を歩き、《バンビーノ》へ行くのが、なんとなく躊躇われた。なんとなく……今夜の朔ちゃんはいつも以上に、人の目を惹きつけそうだと思ったからだ。
「ね? ほら、早く行こうよぉ」
「……分かったよ、すぐに行って、すぐにここへ戻ってこよう」
「何言ってんの? 華金なんだし、《バンビーノ》から順にはしご酒して、踊り狂うわ」
「……嘘でしょ」
頭痛がした。体調がおかしくなりそうだった。そうだ、朔ちゃんやママ、バンビさんみたいな人種を、最近ではパリピーと呼ぶんだっけ……。娯楽が好きで、明るくて、ノリが軽くて、根がとことん暗い俺とは真逆の人たち……。
そうして俺は、上機嫌な朔ちゃんに引きずられるようにして、自分の店を出て行く。……ママたちがニマニマとしながら俺たちを見送っていたのが、非常に憎たらしかった。
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