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第6話

そんなこんなで《バンビーノ》へ向かうと、カウンターに立って酒を作っていたのはバンビさんではなく、最近入った新人くんだった。バンビさんはなんと、風邪をひいて寝込んでいるそうだ。 「気管支と副鼻腔がやられて、熱と咳と鼻水で大変なことになってるらしいです」 新人くんは苦笑しながら教えてくれた。鳶職のカレシが、バンビさんの看病をしていることも。バンビさんのことだから、「退屈、退屈、退屈よ!」などと喚いてベッドの中で暴れているに違いない。……カレシさんはさぞ苦労しているだろう。 とまれ、季節の変わり目は風邪をひきやすい。俺も十分に気をつけようと思った。残念だが、例のセミナーの資料を貰って話を聞くのは、また今度だ。 「あれ?」と新人くんが俺のとなりにいる朔ちゃんを見て、びっくりした。「もしかして、朔ちゃんさんですか?」 「あは、びっくりした?」 朔ちゃんは茶目っ気たっぷりにウィンクした。「ねぇねぇ、どう? 似合う?」 「え、あ……はい……、すごいですね……」 「無理してお世辞言う必要はないわよ」 苦笑いを浮かべる俺に対し、新人くんは勢いよく首を横に振った。 「いや、違うんです。本当に、すごく綺麗だと思って……」 「だってさ、馨」 新人くんの言葉に随分と気を良くしたようで、朔ちゃんは俺をぐいっと抱き寄せ、科をつくった声で言う。その声が存外に色っぽくて内心ドキッとしたが、表層には出さず、淡々とした口調で「良かったね」と返し、カウンター席に並んで座った。 何を飲むかはほとんど決まってはいたが、メニュー表を開き、すべてのページにひと通り目を通す。やはり、気持ちは変わらなかった。朔ちゃんもいつもと同じものにするだろうと思いつつ、念のため訊ねる。 「朔ちゃん、何にする?」 「んーとねぇ……――」 「じゃあ、黒霧のロックとハイボールで」 「ちょっとぉ、何で勝手に注文しちゃうの! まだ悩み中ですぅ」 むくれた顔で言われ、俺は眉をひそめた。珍しいことがあるものだ。「とりあえず、ハイボールだけで」と注文すれば、新人くんはにっこりと笑ってグラスを用意し始めた。 「どうしたのよ、ひょっとして調子悪い?」 「違うわよ。オンナノコらしく、かわいいお酒が飲みたいの。でも、どれがいいか分かんなくて……」 あぁ、そんなところまで成りきるつもりなのか……。 「悩むなら、いつも通りでいいでしょ」 「えー! アタシ、黒霧のロックなんて飲めないー」 嘘つけ、外でも家でもほとんどそれしか飲まないくせに。 「じゃあねぇ、モヒートでお願い。お兄さん」 メニュー表を何度も何度も見返し、うんうんと悩んだ末の柄にもない彼のチョイスに、俺は思わず噴き出した。肘で小突かれるもげらげらと笑い続ける俺に、新人くんは「仲良しですねぇ」と微笑ましげに言う。 「おにいさんはカレシいないの?」 「最近、別れちゃって」 「そうなのね。今は募集中?」 「いえ、しばらくはお休みです」 「へぇ。けど、そういう時間も大事よね」 「ええ。もし、その気になった時は誰か紹介してくれます?」 「もちろんよ。どんなオトコがタイプか、また教えてね」 「ふふ、ありがとうございます」

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