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第11話

入り口のドアがバタンと閉まったのを見届けてから、俺は長い長いため息をついた。と同時に、決して広くはない店内に歓声が沸き起こり、ぎょっとする。オネエさん達が俺に向かって黄色い声や口笛や投げキッスを送っていたのだ。 「ちょっとぉ、格好よかったわよぉ」「ほんとにほんとに。ゾクゾクしちゃったぁ」「あのふたりの怯えきった顔見た? 良いもの見せてもらっちゃった! ご馳走さま!」などの賞賛の言葉の数々に、俺は苦笑いを浮かべる他なかった。カウンターの向こうにいる新人くんも、俺のせいでお客さんが減ったというのに、盛大な拍手を贈ってくれている。……非常に居た堪れなかった。 「ご、ごめんなさいね。変なもの見せちゃって」 「なぁに言ってるのよ! アタシたちにとってはご褒美よ!」 あぁ……、そうでしたね……。 「いやぁ、すごい迫力だったわ」 痛快だと言わんばかりの表情を浮かべ、朔ちゃんは高らかに口笛を吹いた。黒霧ロックを飲み干し、「ほんっとうに最高!」と裏声ではしゃぐ。その様子を見て、こめかみのあたりに青筋が浮き出たのを感じた。 怒髪天を突くとはまさにこのことだった。今度は手のひらで勢いよくテーブルを叩くと、朔ちゃんはびくっと肩を震わせ、気味の悪い裏声を喉奥に引っ込めた。 店内も一気にまた静まり返った。新人くんやオネエさん方の驚きに満ちた眼差しが俺に注がれる。 「……君も、調子に乗りすぎ。ほんと気分悪いんだけど」 吐き捨てるように言えば、朔ちゃんのバサバサの目が見開かれた。……はっとした時には、既に遅かった。「あら、今度は痴話喧嘩?」「そりゃそうよ、目の前でダンナが愉しげに他のオトコと喋ってたんだから」「さっきの仔ネコちゃんとのキャットファイト寸前も良かったけど、ビジョ同士の闘いも良さそうねぇ」「ふーふ喧嘩は犬も食わないって言うけど、あの子達の喧嘩なら見届けても良いかもね」などと新たに燻った火種を前に、オネエさん達はギラギラと目を光らせ、俺たちを見ていた。 頭にカッと血がのぼったせいで、つい辛辣なことを口にしたが、ひどく後悔した。さっきの二人組との衝突についてはたいして痛くも痒くもなかったが、俺と朔ちゃんのドンパチは、決して見世物にはしたくなかった。今さらだが、世間体を気にしたのだ。 居心地の悪さが胸を占める。この店にはもういられなかった。俺は朔ちゃんから目を逸らすと、新人くんに「また来るわ、バンビさんに宜しく」と言って、カードで手早くチェックを済ませた。「馨!」と慌てた声が聞こえたが、知ったことではない。俺はひとりで颯爽と店を出た。

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