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第12話
「――おい、待てって馨」
背後から俺を呼びとめる大きな声が聞こえたが、無視した。コツコツとヒールを鳴らし、夜が深まりますます喧騒渦巻く二丁目を足早に歩く。
湯が沸くような怒りは鎮まったものの、気分は最悪だった。とっとと自分の店に戻って化粧を落とし、私服に着替えて家路につきたかった。
「馨、悪かったよ」
追いついた朔ちゃんに肩を掴まれ、その力強さに身体がよろけた。足を止めて何とか踏ん張り、振り返って朔ちゃんを見る。履き慣れないミュールでさぞかし不恰好に俺を追いかけてきたのだろう。彼はウィッグを乱し、息を切らし、顔をしかめていた。
「そんなに怒んなよ」
「怒ってない」
すげなく言葉を返し、歩みを再開しようとするも、朔ちゃんが行く手を阻むように俺の前に立った。仕方がないので、ため息をついて彼を見あげる。
「ほら、怒ってんじゃん」
「うるさいな、ほっといてよ」
「謝ってんだから、ちょっとは機嫌直せって」
その言葉に、せっかく冷めだした怒りがまた熱をあげた。俺は眉間に皺を寄せ、朔ちゃんを睨んだ。
「それ、俺の機嫌を直すために適当に謝ってるってこと? 全然悪いと思ってないんだ?」
「は? ちゃんと悪いと思ってるって」
朔ちゃんもカチンときたようで、語気を強めて言い返してきた。浮かれきった繁華街のど真ん中で、本格的に夫婦喧嘩が勃発か、と思われた。
「興味本位であんなことするんじゃなかったって、後悔してる」
「ナンパ男をその気にさせて、いい気になったこと?」
「……別にそれは楽しくなかったぜ。嫉妬するお前が見たくて、わざとナンパされただけだし?」
「……は?」
一瞬、朔ちゃんが何を言ったのか理解できなかった。さぞかし間抜けな表情をしていたのだろう。「なんつー顔してんだよ」と盛大に噴き出された。
「だって俺、お前と付き合ってから、ずうっとお前一筋だし。付き合いでも合コンとか女の気配がする飲み会とか行かなくなったし、この街でゲイのネエちゃんやニイちゃんに声かけられてもきっぱり断ってるだろ? だから一度、誘いに積極的に乗ってみて、お前がどんな反応するか見てみたいって、ふと思ったんだよ」
でもまさか、この格好をしてる時に声をかけられるとはな。
ウィッグの乱れを整えながら、朔ちゃんは決まりが悪そうに苦笑した。……何だよそれ。俺は腕を組み、右のこめかみに指をあてながら、アスファルトに向かって大きなため息を落とした。己の見た目の良さを十二分に理解しているからこその彼の行動に、二人組も俺も振り回されていたということだ。何というか――
「ほんと、くだらない」
朔ちゃんが、ではない。俺自身がだ。
「俺は、アイツらに啖呵きってるお前が見れて、すげぇ愉しかった」
「悪趣味この上ないよ」
呆れ笑いが吹き出る。こんなところで立ち止まっていたら、往来する人たちの視線を集めかねないので、朔ちゃんの腕を引き、歩みを再開した。
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