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第13話

「ヤキモチ妬いてくれて、嬉しかった」 となりを歩き始めた朔ちゃんが満足げに笑うのに対し、何も応えずにいると、ふわりと背後からもたれかかられた。 かと思えば、腰のあたりにぐりっと、何やら硬いものを押しつけられる。思わず息を呑み、背筋が張った。振り返り、じとっと睨むも、どこ吹く風と言わんばかりに朔ちゃんは俺の腰を抱き、上機嫌に鼻歌を歌いだした。最近流行りの洋楽だった。ふらりと細い通りに入り、スナックやバーの昏いネオンサインの明かりが道や俺たちを照らす。 「……どこに行こうとしてる?」 「天国」 「面白くない」 「辛辣だな」 ゲラゲラと笑った後、朔ちゃんはまた鼻歌を再開させた。通りを抜け、T字路に出て左に曲がれば、建物の様式やテイストにまるで統一感のないホテル街が伸びていた。 男女のカップルはもちろん、立地が立地なので同性カップルも足繁く利用するこの場所は、週末ということもあってか人通りが多かった。その中にするりと入り込むと、朔ちゃんはゆらゆらと視線を彷徨わせ、建ち並ぶホテルを物色し始める。 朔ちゃんが目に留めたのは、入り口の両隣を熱帯植物の植え込みで彩られた、南国風の建物だった。 はて、こんなところにこんなラブホテルがあっただろうか。それに向かいや隣に建ち並ぶホテルも、以前とはまったく違うように思う。朔ちゃんと付き合ってからはこの辺りをほとんど利用しなくなったので、その変遷に驚きと新鮮さを感じながら、中に入っていく。 受付は無人で、白を基調とした清潔なロビーにタッチパネルが壁沿いに設置されていた。こちらで部屋と滞在時間を選択し、会計を済ませてからカードキーを受け取るシステムだった。 オルゴール調のBGMが流れる中、朔ちゃんは手早くチェックインを済ませると、俺の手を引いてエレベーターに乗り込んだ。5階でおりて、東側の角部屋に入れば、紫色の照明がいかにも妖しげに照らされていた。 20平米ほどのゆったりとした空間だった。部屋の真ん中にダブルサイズのベッドが我が物顔で置かれていて、その両脇にはこれまた熱帯植物が鉢で置かれている。植物名は分からないが、おそらくは常緑広葉樹だろう。ベッドサイドにちょこんと乗った球体のアロマランプは、橙色に柔らかく灯っており、オリエンタル系の香りをふんわりと漂わせていた。 「あー、疲れたー」 よほど歩きづらかったのだろう、朔ちゃんは行儀悪くミュールを脱ぎ捨て、どさっとベッドに腰をおろすと、子供のように足をぶらぶらとさせ、がさつな手つきでウィッグを取った。先ほどまでは明るく奔放な女性を熱演していたのに、それを放棄した今、いつもの彼がそこにいた。俺は苦笑を漏らしながら、給水機で紙コップ2杯の冷水を汲み、その1杯を朔ちゃんに渡す。 「サンキュー」 「うん……何か、雰囲気良いね、このホテル」 ロビー同様、白をベースとした小綺麗な室内を見回してそう言えば、コップに口をつけながら朔ちゃんは「確かに」と、頭を小さく縦に振った。 「……直感でここ! って思って入ったけど、当たりだったかもな」 「流石だね」 「どういう意味だよ、それ」 水を飲み干した朔ちゃんは軽やかに笑い、紙コップをくしゃりと握りつぶした。

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