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第3話
鴬はスマホ画面に映る久我という男の表情に注視した。桔平の口車に乗せられるべき状況だが、釈然としない表情を浮かべているので、一抹の不安を覚える。
8歳の思考力では「仁作を取られるかもしれない」が支配する。片隅では桔平の警察との癒着のメリットや、仁作を宝だと思いやるような思惑があるのは十分に理解できている。
しかし、先程仁作が自分を呼ぶ声が毎日聞くことができないと思うと、スマホに映る久我という男にしか目がいかない。
それから震える手が、いつの間にか畏怖の念からだという事を自覚していない。
対談が終わったらしく、久我という男が頭を下げている。鴬は慌てて録画停止ボタンを押して、スマホをしまう。見つかると厄介なのは目に見えていたので、ゆっくり物音を立てずに書斎のドアから立ち去った。
だが、今玄関からドアを開けて1階の事務所へ移動すると、必ずここにいた事がバレる。鴬は長考する間も無く、自室のクローゼットに身を隠した。
暫くして、玄関ドアが開かれて、人の出入りがある音がした。不規則な音が複数人の出入りがある事を教えてくれる。
「鴬さーん!!」真っ直ぐこちらに向かってくる聞き慣れた声。
「やっぱり、此処にいた」
クローゼットを開けて、安堵感に満ちた仁作が鴬の視線に合わせてしゃがみ込む。
「……仁作、僕を置いて行ったでしょ」
(ううん、僕が興味本位で仁作から隠れて、爺さんの書斎まで行ったの)
「……すみません。兄貴達に強引に連れて行かれちゃって」
「バカ。急に誰もいなくなって、声もしなくて、寂しかったんだから」
(僕が自分で残ったんだ)
「寂しかったですね。さぁ、鴬さんおいで」
両手を広げて自分の胸に誘う仁作に、遠慮なく飛びつく。「ずっと此処に居る?」。
「ん? はい」
「……」
鴬は言えなかった。桔平と久我という男が最後に交わした会話があまりに信じ難い事で、8歳にもよく理解できる事実が語られたのだ。「大丈夫だ。お前さんは立派な——」。
仁作に抱かれている鴬には、広い胸で覆われている視界でも鮮明に久我という男が見えていた。
そして、鴬は考える。馬鹿正直に先刻の事柄を話してしまっても良いのだろうかと。もし、事実を喋り心変わりでもされたら……。
「ずっと、此処にいてよね!!」
この時から、既に熟慮断行し、知性が自分と仁作を守る事ができるのだと悟る。
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