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第4話「盃事」——常盤鴬——

 春風の中舞う桜の花弁は、常盤組の所有する堂々たるマンションをより威厳のあるものにしてくれる。鴬が8歳の時、内に秘めた仁作への独占欲に似た感情を自覚して早7年が経過した。  鴬は15歳になり、高校へ進学した。仁作は22歳で組員の仕事に着くようになっていたそんな日。鴬の祖父であり、常盤組のトップである会長の桔平が2人を書斎へ呼び出した。  内心、この日が来ることを予測できなかったわけではない。鴬の手が掛からなくなった時期を見計らって、久我という男と桔平の密談の内容を知らされる日が来るであろうことは、当初から予想していた。  だから、この日の為に鴬は、幅広い知識の蓄積を絶えず続けてきたのだ。  桔平と住んでいた2人はいつしか中層階に移され、互いに主従関係を崩していったこの7年間。最上階の桔平の部屋へ行くエレベーターも、2人は隣に並んで乗り込む。それが許されるのが常盤組名物とも言えよう。 「2人だけ集められるって事だけど、きっとアレだよね」 「ああ、そうだろうな。きっと役職がもらえる。俺も一舎弟として報われる日が来たのかも」 「僕は爺さんの跡目だし、言わずもがな若頭なのにさぁ」  肩を並べられるまでに精神的にも知的にも成長した鴬だったが、身長だけは伸びてくれなかった。こうしてエレベーターで隣にいるも関わらず、男女の身長差のように開いた背丈が実は気に入っている事を、仁作は知らない。  書斎まで呼ばれ正座する二人に、幹部の人間が数名と上座に胡坐をかく桔平が真剣な面持ちでこちらを見る。 「今から盃事を行い、御膳にある杯を交わしてもらう。もちろんお前たちに拒否する権利は与える」  今でも現役の桔平に、襲名させるのはまだ早いのではないかと思われた刹那——「2人には新たな役職について、これから精進してもらいたい。——鴬は本部長として、そして、仁作は若頭として頑張ってもらいたいのだが、異論はないか」鴬は耳を疑うことになった。  数名の幹部はピクリとも表情を変えないので、事前に知っていたらしい。 「会長……何で俺なんですか」 「理由は自分で考えろ、仁作。もう20も越えた良い大人だ」 「……はい」 (なるほどね。年功序列ならこの人選はあながち間違いじゃない。だけど僕を本部長ってポストにつけるあたりが妥当性狙ってて気持ち悪い。はっきり僕に組を継がせる気はないって早めに言えばいいのに) 「……僕は異論ないです」  鴬は用意された杯を躊躇なく手にとった。後は仁作だけ。  しかし、鴬に続いて杯を取らない仁作に、「どうしたの? もしかして、僕を気にしてる?」とあえて投げかけた。 「……それもある。だけど、それ以上に、俺は感極まってるんだよ。……俺が拾われてから、直接的な恩を返せてなくて……ずっと会長や兄貴達の役に立ちたいって思ってたから……」  膝の上で固く握られた拳を見ながら、桔平はいう。「お前はいつも仲間がやられたと聞くと、いの一番に駆けつけていたじゃないか。そして生きて帰ってくる。それがどれだけ親孝行者か」。  この言葉に、首を折って畳を睨んでいるであろう仁作を隣で傍観する鴬に、憤然とした感情が流れ込んでくるのを感じた。  幼少の頃から常に一緒にいたのに、役に立ちたいのは「皆」という対象。その中の一人にしか過ぎないなど——。    どれだけ仁作をこちら側に繋ぎ止めようと必死に準備してきたか、と熱量の違いに困惑する。

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