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第5話
仁作はこちらを見ずに、正面の幹部らを見据えたまま鴬に口を開いた。「跡を継ぐつもり、だったよな」。
一応の気遣いはしてくれるらしい。それに勝手な特別感を抱いて答えた。
「別にそこは重要じゃないよ、仁作。若頭になるってことは、結婚する事がほぼ義務付けられるようなもんだよ? 後継ぎ問題!!」
「それこそ、重要なことか? 自由恋愛を推奨してくれるウチなら問題ないだろう? 俺だってもう22だ。結婚を視野に入れて探すくらいはできる」
桔平に視線を移しても、表情筋のひとつも揺るぎはない。自由恋愛を推奨しているせいで、余計に手間が掛かることになるだろう。
「……探すの……ふぅん」
「ん? どうした? もしかして俺の相手の心配してくれてるのか?」
「そうかも!! 仁作ってば僕や兄貴達としかいないから、女の一人もいた事ないじゃん!」
「ちょ、こんな場でいた事ないとか言うな! いるわ! いたことくらい!」
「——は??!」にょっきりと生える角を隠しもせずに、ずい、と距離を詰める。
仁作は意に介せず続けて「会長、安心してください。俺も好きな人くらいいるんで」と咳払いを一つして見せた。
「ちょっと仁作?!」
「まぁまぁ、俺だって男だし、好きな人くらいできるだろ。大人なんだから」
「……へぇ」
仁作はこれ以上白状せずに、「好きな人くらい」と「大人なんだから」で濁し続ける。隠したいのか、隠さなければならない相手なのか、どちらにせよ、鴬自身に素直に教えてくれなかった。
その時点で、厄介な相手となり得ることは確定事項のようだった。
(常盤に残ることこそが僕と仁作だけの居場所だと思ってたけど、大きな見当違いだったみたい。——結婚なんてさせられないなぁ)
「ま、仁作には当分無理なことだね。若頭になるってことは、書類仕事が待ってるんだから。契約書読めるようになろうね? 若」鴬はしたり顔で言ってみせた。
「——では、互いに役職については異論はないな」桔平が厳かにいった。
エレベーターに乗り込めば、いつものポジションで肩を並べる。正式な辞令が出る事を予め知らされていたので、正装に身を包んでいる仁作をこれ見よがしに魅入る。
誰がどう見ても良い男にしか見えない仁作は、黙っていればきっと引く手数多だろう。——黙っていればの話だが。
「げー。俺武闘派だから、デスクワークは本部長になった鴬に任せようかな」
明らかに明後日の方向を向いた仁作に、安堵感を覚える。幼き頃に覚えた熟慮断行する猶予があるらしい。
「もう……僕だって高校に進学したばっかりの青二才だって、他所からなめられる可能性があるんだからね! 若頭は下に頼るわ、下はさらに若造だわっていう不安要素を突いてくる連中もきっと現れるんだよ」
中層階、鴬と仁作の自宅の階層に二人を乗せたエレベーターが浮遊感を止める。仁作が先に降りたのを見計って、「僕、野暮用思い出したから、ちょっと出てくるね」と断りを入れてから、再度エレベーターの扉を閉じた。
もちろん、仁作の背中を見届けた後で閉める。
「……うん、やっぱり階段使おう。バレちゃうし……いや、エレベーターだけ下に降ろしとけばいっか」
既に上昇している箱の中で、思考を巡らせながら、最上階にある桔平の部屋についた。それから急いで箱だけ中層階に戻し、部屋から死角となっている階段に身を潜める。
それからポケットからスマホを取り出して、7年前に撮った映像を凝視する。言わずもがな、久我という男と桔平の密談の様子だ。一部始終を確認する。今ではすっかり2人の台詞を覚えてしまって、空でも言える。
だが、肝心の部分は口に出さないどころか、当時のスマホのスペックでは画質が荒く文字など到底読み取ることは出来なかった。だからこそ、今、この場で会長らから身を隠している訳だ。
(この映像を撮っている時の僕は、久我って奴が嫌いになったけど、今はそうも言ってられないな。やぶさかではないけど、この男に接触しよう。あの頃から7年も過ぎてるんだ、きっともっとおっさんになってるんだろうな)
暫時の時が過ぎて、「会長、一時間後に獅子王組の龍司さんと会食の予定が入っています」と会長付きが玄関を開けながら会長の桔平を外へ誘導する。
此処は常盤の人間しか基本的に出入りしないとはいえ、スケジュールを外で漏らすのは杜撰なのではないかと思いながら、鴬は耳を澄ませた。
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