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第14話「人格者の手にオダマキ」——久我旭——

 この男の家には、寝に帰るためだけの布団と、せめてもの家具として小さな丸いテーブルが置いてある部屋がある。殺風景でこじんまりとした部屋だ。  そこに茶封筒の山が積み上げられているが、全て開封してあり確認済みだ。書簡には「久我旭様」と社交辞令で書かれた男の名前と、裏には「常盤桔平」という送り主の名前が印字されている。  「君のお爺さんにも伝えたが、遊馬組が常盤組に目をつけているみたいだ。使いをやってそっちのシマを徘徊している。だが、俺にも目的がよくわからない」と久我は簡素で質素な部屋から鴬へ電話をした。  遊馬組はここ数年で勢力を上げている今勢いのある若手極道一家と言っていい。ただ、つい最近遊馬が拡大した新参者のようで、まるで情報がない。だが、一つ言えるのは、成り上がりの極道一家であるため、常盤組や獅子王組のような信念の下に生きるという極道者とはかけ離れている可能性も十分にあり得る。獅子王組とは違った非道さが感じられる。  常盤組の主な収入源(常盤組からの情報提供は一切ないので、断定することは憚られる)はシマの巡回もしているホステス街一帯のオーナー権が純利益だろう。  くわえて、上納金はない(これも断定することは以下略——)特殊なところで、吸収できるものが他所より少ないのにと思案すると、「忠誠心の高い構成員たち」が遊馬の欲するところだと自然的に浮かび上がってくる。  獅子王組を吸収するにはリスクがある。その一方でハイリターンでもあるため、狙うには動機がとても表面的だ。一方で、常盤組となると、常盤組の性質を欲しがることしか思い浮かばない。  そうなると、真っ先に狙われるのはトップなのかもしれない。  「ご忠告ありがとうございます。無鉄砲に飛び出しそうなので、仁作には秘匿にしておきますね。なので、僕ができる限り対処していきます。仁作はうちの頭であると同時に、僕の大事な人なので。そんなどこの馬の骨かもわからない野郎のとこなんかに、姿さえ晒したくありません。——そもそも遊馬組なんて聞いたことないですよ。なんなら、本当に害悪と判断すれば、我々が暗々裏に始末しときましょうか? 獅子王組と比べて見劣りするようなチンケな組とやり合うなんて、それこそナンセンスでしょうが」スマホ越しからダークな鴬がこんにちはする。  久我は少し戸惑いながらも答える。 「まぁ、そう事を急くなよ。こちらも面取りが完全には完了してないから詳細はよく分かっていない。でも、確かに、獅子王組より劣るものではある。——今のところは」 「へぇ。では将来的に匹敵……いや、それを超える、と」 「……警察が動かなければ確実だろうな」 「さっさと動いてください。爺さんが変な気を起こして、始末を命じる前に」 「落ち着けって。だから、面取りに行ってる最中だって」 「面取り、ですか」 「博識でも、流石に公安警察の隠語は知らないのな」  「面取りっていうのは、捜査に入って、対象者の顔を取りに行くことなんだ。彼らの動向を把握することが目的かな」と警察内部の解説をしながら、久我は苦笑いをする。 (そう言えば、会長の桔平さんはハムっていう隠語を知ってたな。常盤のトップは本当に博学というか物知りだな) 「そうですか……すぐさま行動を起こさないあたりが、スパイって感じですね。あ、でも僕は爺さんみたいにハムって言っておちょくるほど腐ってませんよ。警察にだって性質はありますから」  一瞬どきりとした。心臓に悪いので、謝って欲しいとすら思えてくる。

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