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第37話

 即物的であっても、鴬にとっては仁作の気持ちを推し量る物差しのように感じるので、この動物的な行動も嫌いではなかったが、今日はあまり良い気分ではない。  重たく呼吸をしていると、仁作が鴬の上に乗ってネクタイを緩める。ナイロンの衣擦れがより仁作の衝動的な言動へと繋げ、情熱的な眼を痛いくらいに差し向けているのだろうと暗に想像させる。  そうして多少の心の晴れ間を待っていたかのように、仁作はクロスした腕を強引にねじ伏せてがぷりと鴬の口を食らう。  男の顔をした仁作にこれ以上の安心感はない程、鴬は大粒の涙を隠さず流した。訳も聞いていないうちから、性急な接吻に甘受し漏れる声を抑えようともしない鴬は、貪られる快感に酔い出す。  恋仲はこうでなくてはならない。いや、こうであるべきだ、と鴬の思うところを体現してくれて、酔わずにはいられない。 「素っ気なくして悪かったな」  この一声がようやくかかり、気持ちばかりの弁解をしてくれる。 「……我慢してて」 「——っうん」 「ホステス街とはいえ、白昼堂々俺から手を出すわけにはいかないから、耐えてたんだよ」  一応弁明の機会であるが、仁作はいいながら鴬のシャツを脱衣する。片手間のあっさりした理由に、鴬はさらに泣き崩れる他なかった。「馬鹿ぁっ!! ヒヤッとしたじゃん……。僕を無視して、挙句には黙れって」。 「見合いの件で話し合おうってとこに、俺が犬みてぇにサカってたら世話ねぇだろ。俺はそうはなりたくなかった」  「なってしまったけどな」仁作の手付きはいやらしいまま、止まることなく鴬の粒を口に含んで遊んだ。飴玉を転がすように甘味を味わったと思えば、犬歯を容赦無く突き立てて飴玉をがり、と噛む。  実際に仁作は飴を口に入れると、早々と噛み砕いて全て嚥下してしまう。趣もくそもないが、仁作は欲に正直だと言ってしまえばそれまでだ。 「悪りぃ、痛かったよな」  余裕のない表情は、鴬の布切れ一枚もまとっていない危うさと同様に、理性をかき集めては都度脱げてしまう鎧に貼り付けているように見える。単なる性衝動を、情愛に満ちた意味のあるセックスにしようと必死だ。  流れ落ちてしまった涙の跡を、仁作の親指がそれを辿る。 「俺っていつもこうだよな……周りが見えてねぇのなんのって」  既に落ち着きを取り戻していた鴬は、「周り」という言葉に眉をぴくりとさせて反応した。自分でも疲れてしまうくらい、仁作が他人を気にすることさえ気に食わず、嫉妬が絶えない。  「周りが見えない時くらいは、僕だけ見てればそれでいいと思うよ」こんな生温い独占欲を吐き出すつもりはなかった。淀きった毒を部下に吐きかけたように、仁作にもそれ以上の深傷を負うような、身動きができないくらいのものを吐きたかった。 「……俺はずっと鴬だけだった」  余裕のないこんな時でさえ、「俺に初めてできた守りたいものなんだ。周りが見えている時でもお前を見せろ」と端的だった言葉から徐々に長いセリフをいう。  それこそ、情愛に満ちたセックスでなければ、鴬が可哀想だと思っているのだろう。ちゃんちゃらおかしい話だ。

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