6 / 27
第6話
「今、灯を」
剤は持っていた行燈の火で、庵にある室内用の大きな行燈へ火をつける。大きな行燈に火をつくと、室内は幾分か明るくなったが、ライトや蛍光灯に慣れているアーサーにそれでも暗く感じた。
アーサーは夏迫がいつか言っていた土間で靴を脱ぐと、剤に勧められるまま、室内用の行燈近くで腰を下ろした。
「実は、僕は天使ではなくて」
確かにアーサーはある人にはコミックスのヒロインと間違われ、ある人には幽霊と間違われ、この世ならざる者に間違われたこともある。
そこに天使が仲間入りするのは何とも言えず、シュールだが、アーサーは天使ではなく、アーティストであることを剤に説明する。
「あ、絵を描いていて。多分、ここではない世界で」
アーサーは説明すると、剤は「この世界で言うところの絵師サマのようなものかな」と言う。
「ごめんね。何だか、ガッカリさせてしまったみたいで」
普段のアーサーならもう少し悪びれない態度で、誰にでも接するのだが、この剤はとてもそんな気にはならなかった。
何というか、会ったり話したりしたことはないが、自分と同じ名前を持つ祖父に抱くような気持ちだった。
「ああ、まぁ、そんなに容易く会える存在では理解しておるさ。煙が見えていたから期待はしていたが」
「煙?」
アーサーは自身の体を見るが、当然、服や体から火が出て、燃えている訳ではない。
「いや、何。煙というのは我以外の人間には見えぬもの。本来、この世に存在しない者は霧のような、煙のようなものが薄っすらと見えておるのよ」
剤は説明を終えると、アーサーの体には触れず、その手前に包帯の巻かれた手を伸ばす。まるで愛しいものを触れているかという優しげな手つきにアーサーも目を奪われる。
「そなたには思い人がおられるようだ」
「思い人……」
「ああ、好きだと心が思っている相手。余程、大切に思われておるのだろう。優しくて、柔らかいのに、一方では苦しいくらいに張り詰める」
剤はアーサーの方へ伸ばした手を下ろすと、左目をふっと閉じる。
アーサーは不思議だった。
「どうして……分かったの……?」
アーサーは夏迫のことを両親にも比較的、一緒にいることの多い同じ芸術仲間のクリスにも。誰にも打ち明けてはなかった。
だが、見知って、何分も経たない剤にあっさりと言い当てられる。
そして、口にされ、明言されたことで熱いような、泣き出してしまいたいような気持ちになる。
「なに。そなたよりも伊達には生きてはいない。死の淵を彷徨い、愛されることも知り得た。そんなに驚くことでもないのよ」
ともだちにシェアしよう!