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第8話

「ごちそうさまでした」  アーサーはあまり朝を食べる方ではなく、コーヒーを飲み、空腹ならアーモンドビスコッティを齧るみたいな朝食だ。だから、ライスに味噌スープ、卵や魚なんかを焼いたものに野菜を醤油や砂糖、胡麻を混ぜたもので和えたおかずは多くて、食べられそうになかった。  だが、絢菜の持ってきたものはどれこれも美味しく、アーサーはペロリと平らげてしまった。 「良かったー。剤さんに話、聞いた時はアサくんは外国の人で、パンしか食べられなかったらどうしようかなって思ったんだ。この町にも売ってはあるにはあるけど、ちょっと味が違うしさ」  何故、絢菜はアーサーがパンしか食べない外国人だと思ったのだろう。  アーサーは絢菜の言葉に少し違和感を持つ。すると、絢菜は続けた。 「あたし、元からこの世界の人間だった訳じゃないんだ。10歳くらいかな? 多分、アサくんと同じ世界からこの讃に飛ばされてきて」  絢菜の口から語られる言葉はどれもこれも軽かったが、その内容は決して軽くない。しかも、見たところ、絢菜はアーサーより若干年上の女性だが、10歳の時にこの世界にやってきたということは10年以上、この世界で生きていることになる。  元々の世界、に戻ることなく……。 「あ、元々の世界に帰れなかった訳じゃないんだ。帰る方法はある。でも、帰る必要がなかっただけ」  珍しくアーサーの暗くなる顔に、絢菜は明るい調子で続ける。 「あたしの母は男と駆け落ちゃう系の女(ひと)で、父はあたしを毎日、殴ってます系の男(ひと)だった。友達も最初はできるんだけど、そういう親のコってことで、すぐに誰もあたしに近づかなくなってたんだ」  絢菜の言葉とは裏腹に、重い過去を語っていく。  そして、その過去は元々の世界との決別だけでは終わらなかった。 「剤さんに聞いたかも知れないけど、この町って今は凄く平和だよね。でも、紛争っていうのかな? 毎日、沢山の人が死んでいって、私はたまたまある人の奥さんになれて、紛争が終わるまで無事に暮らせてた」  確かに、剤も昨日、讃は元々、火薬と血煙しかない町だと言っていた。  暴力と育児放棄をする両親と火薬と血煙に塗れた世界。どちらがマシだとか、マシでないかなんて、当事者でないアーサーには分からないし、測ることはできない。  でも……それでも、絢菜はこの世界で生きることを選んだのだ。何故なのか、アーサーには分かるような気がしていた。 「旦那さんはどんな人なの?」  アーサーは聞く。すると、絢菜はさらに明るい声で答えた。 「凄い人だった。私があの人の代わりに死にたかったくらい。あんなに優しくて、強い人はこの先もあの人だけかも知れない」

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