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第9話

 絢菜の夫だった帥(スイ)は若いながら父に代わり、誰からも慕われる紛争終結派の指揮官をしていたという。  帥らの働きもあり、紛争も終結する間際。反紛争終結派の最後の悪あがきのような反撃を受け、彼は落命したという。  帥が20歳。絢菜が11歳の時だった。 「帥さんが亡くなって、路頭に迷っていたんだけど、剤さんが拾ってくれたんだ。絢花(アヤカ)や絢葉姉(アヤハねえ)と出会えて、今に至るって感じなんだけど、私は良かったと思ってる。だから、元々の世界に帰る必要はなくなったんだ」  絢菜はまだ讃の町に来たばかりのアーサーにつき添って、胤の店へと向かう。  剤も絢菜もアーサーに良くしてくれるが、アーサーには父母やクリス、それに、夏迫がいる。彼らと共に生きる為にも元々の世界に帰らなければならない。 「ありがとう、絢菜。胤って人に会ってくるよ」  本当なら、絢菜に元の世界への帰り方を聞くのが先決なのだと思う。  ただ、剤のことだ。何か、考えがあるのだろう。  アーサーは胤に会うのを優先すると、胤のいる雑貨店へと足を踏み入れた。 「こういう時はたのも、って言うんだっけ?」  雑貨店の中には剤の庵にもあったような巻子を始め、何かの書物、茶葉やその茶を入れる茶器、何かの神様らしき者を象った像等、ありとあらゆるものがところ狭しと並べられていた。  そして、それ以上にアーサーが驚くものが店には置かれていた。 「いらっしゃいませ」  置かれていた……というよりは、いたのだ。 「う、嘘……」  その声は30、40代の落ち着きのある男のもので、声こそ年相応に深みがあり、鼓膜を揺さ振るようなもの。どこか艶があるというか、セクシーにすら感じる。  いつも着ているスーツではなく、着物を着ており、着流すことなく、キチンと着ているが、やや草臥れた感じがする男。 「あとぅし……」 「アーティー君……なの?」  アーサーが夏迫の名前を呼んだのと同じように、夏迫もアーサーを呼ぶ。  リモートでは会っていたとは言え、最後に対面して会ったのは1年前のアーサーの誕生日の時だ。  お互いに特別展や制作活動なんかで多忙を極めていたこともあったが、アーサーと夏迫の間の恋人の認識の違いが見えざる溝になり、直接、会うことを避けてもいたのだ。  声にならない2人……の代わりに、店の奥から夏迫にかける美声が店内に響く。 「惇(ジュン)、どうかしたか?」  髪の色や形こそはアーサーと似ているが、目がやや違う。どちらもシャープな感じはするのだが、店の奥から出てきた男の方が白目の部分が多く見える。 「あ、胤君」  夏迫が男の名前を呼ぶと、アーサーも目の前にいる人物が剤の言っていた人物だと理解した。

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