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第13話

『アサ殿は元の世界に帰られたいかな?』  と剤に聞かれたアーサー。  今朝までは両親やクリス、それに、夏迫のいる世界へ帰りたい……いや、帰るんだとアーサーは強く思っていた。  だが、帰りたいと思う世界には夏迫はいない状態で、胤の店で働き、讃の町に馴染む彼は嬉しそうだった。自分と恋人のような甘い空気になると、どこかぎこちなくて、拒否しているように見える夏迫とは違い、胤と接する彼は自然体だった。 「うん……やっぱり、元の世界には帰った方が良いと思うよ。この世界の皆、良くしてくれるけど、親も心配するだろうし、クリスとか仲間だって寂しがるだろうし……」 「……ジュン殿はどうなる?」 「えっ?」 「まるで、ジュン殿はこの世界に置いて、1人で帰った方が良い。そんな風に思っているように聞こえてな」  諭すような、優しげな声で剤はアーサーに語りかける。右目は完全に黒い頭巾に覆われているのに、見透かされているのだ。  アーサーは剤を誤魔化すことはできそうになかった。 「僕……今まで幸せって自分が作るものだと思ってたんだ」  アーサーはポツリと呟くように話し始める。 「僕が幸せだと、そうでない人もいるかも知れないけど、その人も幸せになれるように最善を尽くしたつもりだった……」  アーサーは生まれながらアメリカでも有数のベル財団の御曹司として、生きてきた。羨望もあれば、妬み嫉みの目も向けられたこともあり、それ故に十分な資質と能力があるにも関わらず、画家として正当な評価を受けられないこともあった。  自身で幸せを勝ち取る強さ。他者へ幸せを分け与える強さ。  20年を生きる中で、そんな強さを信じて、ひたすら絵を描くことに向き合い、両親、仲間やライバル、ファンやアンチ問わず向き合ってきた。  ただ、それは世界でたった1人を除いては、のことだった。 「あとぅしに初めて会った時、とてもチャーミングだなって思って、目が話せなくなったんだ。初めての感情に戸惑いがなかった訳じゃなかったけど、ああ、好きなんだって思うのは時間はそんなにかからなくて」  というより、好きなんだってアーサーが自覚した時には遅かった。  どんどん夏迫惇という人間で、心は埋まっていくような感覚がして、彼の傍にいたくて……。

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