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第16話

 朝、剤が庵を出ていき、絢菜が3食の食事を持ってくる以外は庵には誰も来ることもなく、静かなものだった。  というのも、剤の薬種屋も今日、明日は大祭の為に閉まっていて、その大祭の準備も剤の庵が町の喧騒とは少し離れた場所に位置していることもあるのだろう。  遠くからたまに太鼓や花火が上がるような音は聞こえてはいたが、外界から取り残されたように静かだった。 「でも、さっきは危なかった……突然、絢菜、来るから」  アーサーは既に描き終えて、絵具を乾かしていた巻子を見る。 スマートフォンより少し大きめくらいのサイズの巻子が3本あり、そこには3人の美女が1本ずつ巻子へ描かれていた。 「Ayaka、Artie B. Ayaha、Artie B. Ayana、Artie B.」  と、アーサーは歌うように口にすると、真朱と墨色のみで描かれた美女、青漆と墨色のみで描かれた美女、黄蘗と墨色のみで描かれた美女にそれぞれ名前を入れる。  中でも絢菜は毎食、食事を持ってきてくれたこともあり、他の2美女と比べると、写真と見紛う程でアーサーとしても、それなりの出来だった。 「次は何を描こうか……剤?」  アーサーが剤の顔を思い浮かべると、昨夜、剤に言われた『その苦しみ、消したいとは思わぬか?』という言葉も頭をよぎる。  そして、剤の手によってアーサーへと差し出された丸薬。 『これを飲めば、今、そなたが抱えている苦しみは全て消え失せるであろう。苦しみを消し、より良く生きる為に薬は存在するのだから』  確かに何かに悩み、苦しむことは生きていく上で必要なことなのだろう。  しかし、いつまでも苦しむのであれば、今度は長くても100年くらいしか生きられない中で苦しんで生きていくこと自体に真価はあるのか。  薬を拒否することばかりが強さではない。薬を受け入れ、上手く使うことも十分に強いことなのだとアーサーは思うが、剤から丸薬を受け取ることはなかった。 『苦しいよ……でも、消すことはできない。あとぅしがいなければ、より良く生きるなんて意味がないんだ』

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