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第17話

「あとぅしがいなければ……なんて、結構、恥ずかしいこと、言っちゃったかな?」  アーサーは笑うと、何度となく描いた夏迫を3美女達を描いた巻子よりも大きな巻子の紐を解き、夏迫を描き始めた。  何度、恋人である夏迫を描いても、アーサーが納得できる出来にはならなかった。  だが…… 「あとぅしを描くのはこれが最後になるかも知れない」  この讃という町からアーサー1人で帰って、夏迫が残るのなら2人が2度と会うことはない。  2度と会うことはない……それは今のように、遠い国にいて、会えないからではない。住む世界が違う住人同士になり、もう誰がどんなに望んでも、アーサーは夏迫と言葉を交わすことも、夏迫に何かを贈ることもできないのだ。 「最後にあとぅしに贈るのはあとぅしの絵が良い。描くって約束したから」  それはまだアーサーと夏迫が恋人になる前からの約束だ。夏迫を口説き落とすのに、夏迫を描くとアーサーが言ったのだ。 「あとぅし、君を描くよって言ったら、なかなか僕の方を向いてくれないから描くの、難しいんだよね」  墨のついた筆を使い、繊細な線を幾重にも引いていく。3美女の、特に、絢菜を描いた巻子も彼女の特徴を掴んだ丁寧かつ見事な出来ではあったが、夏迫の比ではない。  夏迫を描き始めてどれくらい時間が経っただろう。  この世界の時刻を正確に知る術がアーサーにはない為、絢菜が持ってくる食事だけで大体の時間を把握しなければならない。あとは、暮れゆく空だ。 「そろそろ明かりが必要かな?」  いかにアーサーが熱中していたとは言え、十分な光源がなければ、意図した色合いで繊細な絵を描き続ける、なんてことはできない。  行燈に明かりを灯すと、暗くなりかけた庵が少し明るくなる。  すると、その時、扉を叩く音が聞こえた。 「絢菜?」  既にその日の夕食は終わっていて、お茶とお茶請けを残して膳も下げられてはいたが、何かあったのか。それとも、剤が言っていた薬を処方した客がやってきたのか。  アーサーは扉を叩く音がした方の、裏道に続く方の入口に近づくと、扉を引いた。 「あ……」  アーサーは扉を開けたまま、庵の中に後退る。そこに立っていたのはアーサーが今、持てる全てをかけて描き上げる題材。  夏迫惇だった。

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