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第19話
「あの日のようなこと?」
アーサーは夏迫の呟きを反芻するように、口にする。
あの日というのはどの日のことなのだろう。アーサーは1年前の自身の誕生日が思い出すが、もしかすると、夏迫が指すあの日というのは別の日のことなのかも知れない。
アーサーは夏迫にその旨を伝えると、夏迫は「その日のことで合っている」と答える。
「俺にキスしたり、俺をベッドへ押し倒したり、俺と抱き合ったり……」
夏迫はたどたどしく唇を動かすと、アーサーを熱っぽく見て、すぐに視線を逸らす。
どうして、そんな風に熱く見つめていたのに、何もなかったことにして目を背けるというのか。
アーサーは夏迫を布団のあるところまで手を引いて、布団に押し倒してやろうかという気持ちを抑えつつ、静かに答えた。
「うん。僕はあとぅしがずっと欲しかった。今だって欲しくて堪らないんだ」
アーサーは「だから、帰って」と言わんばかり、夏迫を庵から追い帰そうとする。夏迫の絵が完成したら、胤の店先へ捨て置いて去るか、鶴竹の番頭に押しつけて去るか。
いずれの渡し方にせよ、もう夏迫には会わない方が良いだろう、とアーサーは状況に反して、冷静に思う。
しかし、そのアーサーの冷静さは夏迫によって失われることになる。
「そう。それなら、良かった……」
夏迫は呟くと、場違いとも言える微笑みをアーサーに向ける。その一瞬、アーサーが怯む。
「あとぅし……?」
これまで夏迫がアーサーに見せた顔をどれを浮かべても、知的で、セクシーなものだったが、その中でも妖しく美しい顔。
アーサーが夏迫に見惚れている隙に夏迫は庵の扉に鉄製の心張り棒を咬ませる。
「あとぅし、何を?」
アーサーは夏迫の行動の数々に呆気に取られる。そして、夏迫は先程、アーサーから渡された小袋の紐を解いて、中に入っていた丸薬を口に放り込んだ。
「あとぅし!」
「アーティー君、こんな俺だけど、もらって欲しい」
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