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第3話 婚約指輪

僕は今悩んでいる。 そう、いわゆるマリッジブルーなのかもしれない。 しょうもない佐藤との結婚を決めたのは良いとして…就職して半年で「結婚します」とか「やっぱりオメガは…」案件では?? 妊娠するかしないかは分からないけど、つがいになってヒートしてやったら確率高いみたいだし……。 僕、まだ社会人半年だよ? もうちょっと働いて、色々経験したり、仲の良い同僚とかつくって飲みに行ってみたりしたい。 佐藤は仕事やめろとか言いそうもないけど…… 結論として、まだ早くない??なのである。 あくまで自分の中で。 でも、佐藤はもうおっさんだから、子供産むなら早くしないと、成人になるまえに仕事出来なくなるのでは?? まぁ、ある程度大きくなっていれば、佐藤に任せて僕が働くにしても…… むむむ、やっぱり仕事経験3年以上なければ、再就職だって厳しいし。 目の前の、今日も我が屋で眠るおっさんを蹴り起こす。 「ねぇ、佐藤!」 「っう…なんだ?ヤるのか?」 もぞもぞと起きるなり作業着を脱ごうとする佐藤。 「違う!大事な話がある。僕たちの結婚は一旦白紙だ!」 佐藤が狐につままれた顔をしている。 なんだその顔、ちょっと可愛いぞ。おっさんのくせに…。 ボサボサの天パと髭で、格好いいのに格好いいと思われないくせに… 「どうした?あれか?マリッジブルーってやつか?」 「うっ、そうだけど、そうじゃない!僕らの将来を思っての苦渋の決断なんだ」 佐藤を正座させて、僕は語り始めた。 「お前のような、おっさんと結婚してあげるオメガは僕ぐらいしかいない!」 「ああ」 素直に頷く佐藤。 うむ、悪くない心がけだ。 「なにせお前は、全然αっぽくないし、色々残念だ。」 「そうだな」 こういう素直なとこ好き。 基本何言っても怒んないし、好き。 「だけど、僕は…まぁ…そんなお前も悪くないと思っている…」 「嬉しいぜ」 やめろ、今キュンってさせるな! 嬉しそうにはにかんで笑うな!! 「ただ!僕たちの将来をしっかり考えた結果。僕らの子供を路頭に迷わせる訳にはいかない!よって僕には数年程度の就労経験が必要だ!だから結婚は延期!番も延期!僕らは只の恋人同士とする!以上、反論は?」 「はい、先生質問です」 佐藤が挙手した。 「なんだね、佐藤君」 「なぜ、千歳が働かないと俺たちの子供が路頭に迷うのでしょう?」 まったくこれだから佐藤は考えが甘いんだ。 僕はこの前テレビで見たんだ。ホームレスのおじさんが、昔は大工をしていたけど、体を壊して働けなくなって、妻も子供も出て行ったって。働いた金は殆ど貯金もしていなかったし、転々と色んな仕事をしたが続かず…っと。 佐藤、意外と金遣い荒いときがあるから不安だ。 コンビニとかスーパー行くと、ポンポンってカゴ一杯にしてしまう。 もちろん佐藤が払うけど、きっと仕事の仲間とかにもめっちゃおごってる。 電話で親方、金貸してといわれて、すぐ、返されそうも無い金かしてるし…… こいつの将来は不安しかない。 まじで僕が堅実に働いて、細々と貯金しないと。 「佐藤が年取って解体業出来なくなったら、僕がバリバリ働かないと、子供がαだったらきっと良い大学とか行くだろうし、留学なんて事になったら…恐ろしい金額だろう。僕の両親は両方αだったから、超バリバリで大丈夫だったけど、兄たちの教育資金とか凄いかかってるに違いない。就職して直ぐ妊娠したらオメガだと妊娠中に入院するケース多いっていうし…首を切られかねない。それは避けたい。」 一気に色々話しすぎて息が切れる。 佐藤が生温かい目で僕を見ている。 「…千歳。俺別に貧乏じゃないから子供くらい大学だせるぜ。5人でも10人でも」 僕も行ってないから分からないけど、きっと佐藤も行ってないから分からないんだ、大学の学費って奴を。 またまたテレビで見たけど、一人の子供が大学出るまでにかかる費用は一千万とも二千万ともいわれているらしい……なまじαの子供なら医者とかパイロットとかなんか金のかかりそうなやつになりたがるかも知れない…… 「はいはい、そんなに産まないけどな。この部屋に入らないだろ」 「あ?結婚したら。二人でこの部屋に住むのか?子供ができても?」 「え?だって佐藤、テレビで出てくるような一泊1000円くらいの宿に住んでるんじゃないの?それかゴキブリとかネズミとかでる凄い汚い家だから呼ばれないのかと思ってた」 ふつうのアパートなのかな? まさかの実家ぐらし!? え?僕、義理のご両親と同居!? それは……ちょっとハードル高いなぁ。いや、でも貯金のためなら…。 「なんつーか、分かった俺がお前にどう思われているのか、大体理解した。いや、でもそんな風に思われているのに、俺と結婚きめるお前、凄い愛しい!愛してるぜぇ」 佐藤が僕に抱きついて、髭をジョリジョリしてくる、しかも巨根がグイグイしてくる。 「やーめーろー!!僕は真剣に言っているんだ!」 「安心しろ、お前に苦労はさせないぜ」 何故かもう臨戦態勢の佐藤。 僕がこんなに将来について悩んでいるのに! 「だから、結婚も延期だし、セックスも延期!」 「おう、今日も健全に素股でお願いしますぅ、先生」 これだからいい加減なおっさんは……。 まぁ、健全な青年の僕もやる気だからしょうが無い…。 佐藤の強い意思のもと、結婚は延期しないという事になった。 佐藤のご両親は、もう他界なさっているので、佐藤のプライベートの付き合いもある仕事のパートナーとの顔合わせが行われる事になった。 あれかな? 佐藤が今の解体業に入るきっかけになった、もと親方とかかな? 漫画のおじいちゃんみたいな人がくるのかな? それとも同じガテンかな? 取り合えずリクルートスーツ着てきたけど、逆に浮くかな ガード下の飲み屋とか、行きつけの大衆食堂とか行くのかな? 「佐藤と焼き肉以外のご飯初めてじゃん!?」 いや、まじで焼き肉って意外と高いし、うまいし満足しているけど、デートがオール焼き肉って… まぁ現場仕事って肉大事なのかな? 「あっ、来た」 佐藤が現場から来るときによく乗ってくるキャラバンがやって来た。 凄い沢山乗れるやつだ。朝はここに一緒に現場いく人がぎゅうぎゅうに乗るらしい。 「おう、待たせたな乗れよ」 どっこいせと乗り込む。 車内は不衛生では無いが、色んな工具やら土やらで汚れている。 まぁなれたけどね。 なんか、今となっては高級外車にのっている兄さんたちが世間から逸脱していることを感じている。 あの人たち、ほんとに漫画みたいなαだった。 でも、だからか、この庶民αにほだされたのかな?新鮮で。 佐藤は、今日はちょっとだけ綺麗な作業着だ。これは先日ワークメンに付き合わされてた時に買ってたやつだ。滅多に無い自分に合うサイズがあると喜んでいた。 車はスイスイ進んで、立派なお家に着いた。 コレは何屋さん? 見た目、懐石料理とか出てきそうな日本の佇まいだ。 都内にしては大きいよ。 大丈夫なの?  あれか!夜は高いけど、昼はお手頃みたいなお店か。今はバリバリのランチタイムだ。 「よし、着いたぜ。」 車を降りて、お店へ入る。 ご立派な門に敷石、カポーンってやつが向こうに見える。 ドラマに出てきそうな料亭だな 夜には絶対こられない。 お店の人が出てきて何やら挨拶をしている。 あれは女将さんってやつ? 落ち着いた大人の女性の着物、眼福。 「もう来てるってよ」 余計な事を考えて居たら佐藤が歩き出した。 靴を脱いで上がり、ずんずんついて行く。 襖が閉まっていて中はわからないけど、沢山お部屋がありそう。 これって、あれだろ…ドラマで悪いおじさんが若い女の子を連れ込もうとする…… ってまだ、しょうもないこと考えて居たら着いた。 女将さんが襖を開けてくれる。 おぉ……なんか広いお部屋で、美しい庭園が眺められるお部屋 やばい、なんか僕たち場違いなんじゃない? 「よぉ、相変わらずはえぇな」 心臓に毛が生えている佐藤がずかずかと部屋に入り、綺麗にセッティングされているテーブルの前に胡座をかいて座った。 浮いてる!浮いてるよ佐藤! 「他ならぬ貴方の呼び出しですし、運命の番を見つけたなんて言われたら居てもたっても居られませんよ」 大きな佐藤が目の前からいなくなって、相手が初めて見えた。 おじいちゃんどこ? 元親方は? 多分、佐藤くらいの年齢の凄く落ち着いた、美青年がいる。 そう、まさにTHE αの青年。 これだよ、神様!僕が想像していた運命の番の男バージョン!! 隙の無い完璧な大人の男。 美しくキリリとした目元を飾る、シンプルで高級そうな眼鏡。 佐藤のボサボサ天パと大違いなオールバック。 兄たちと同じきっとお高いスーツ! ちょと冷たそうな印象がまたクール! チェーンジ! 運命の番、ちぇーんじ! まぁ、もう手遅れだけどね…。 しょうも無いジゴロおっさんに惚れたから… 「千歳、何突っ立ってるんだ?座れよ」 佐藤に声をかけられて、僕は場に呑まれ、ぎこちない動きで佐藤の隣に座った。 この人とどんな知り合いなの? 絶対佐藤と道がかぶらない人生歩いているでしょ。 仕事のパートナー? あぁ、そうか、この人の下請けの下請けの、そのまた下請けが佐藤の会社か。合点。 じゃあ、凄い畏まらないと駄目なやつね。 「これが、俺が結婚して番になる予定の、千歳だぜ。こいつの家族に会って結婚の承諾もらったら、色々書類とか任せるわ」 おい!佐藤!自分の上司?に何て態度を取るんだ! というか、書類って婚姻届だろう、そんなもん僕が取りにいくわ! 「えぇ、分かりました。膨大な数のサインが必要だと思いますけどね」 え?なに?婚姻届って一枚ペラリじゃないの? 「んで、千歳。こっちが早瀬だ。俺の腐れ縁で仕事のパートナーだ」 ふむふむ、優秀な幼なじみに仕事もらっているのか、分かった。だから、そこそこ繁盛しているし安泰だから子供産んでも大丈夫って言いたいのか。 甘い、甘すぎるぞ、佐藤。友情だけで仕事したら駄目だ! このTHE αと喧嘩したら終わりじゃないか。 より不安になったぞ。 「よろしくお願いします」 色んな意味で、本当によろしくお願いしますという気持ちで深々と頭を下げた。 「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」 「なんだそれ」 おぉ、なんか凄く仲よさそうだ。 さては、この人も佐藤のジゴロの魅力にやられてしまったのか…。 まったく罪なおっさんだ。人たらしなのか? 「それにしても、まともな良い子そうで良かったです。コイツの運命が」 おっ?良かった、好感触なのか? というか、今までどんな人間とお付き合いしてたんだ、おっさん…。 じとっと佐藤を見ると、勝手に色々食べ始めている。 「あぁ?」 「今まで寄ってくるのは、あからさまな財産目当てのオメガのヒートトラップとかそんなのばかりだっただろう……これで少しは落ち着くな」 「財産目当て?ヒートトラップ??」 ジゴロ佐藤の何処に財産が? 僕は首をかしげた。 だって佐藤だよ。 「石川君?どうかしましたか?」 「はははは、こいつは将来俺がガテンで働けなくなったら、子供と俺の為に働いてくれるんだと。すげぇ逞しいだろ。惚れなおすぜ」 早瀬さんの眼鏡がずれて、彼の綺麗で長い指に戻される。 そんな姿も絵になる。 「……まさか、何も話して無いのか?」 「あぁ、聞かれなかったしな…」 なに?凄い不穏な話? まさか…二度目、三度目の結婚? もしかして…隠し子とかいるの!?佐藤のくせに! 「では、石川君はこの男がただのおっさんなのに惚れたと……なんて良い子なんだ…」 「佐藤、僕に何を隠しているの!?」 早瀬さんの存在を忘れて佐藤に向かう。 「おっ?」 佐藤が目をそらす。怪しい。これは怪しい。 「まさか、本当に隠し子とか!?莫大な借金とか?」 「……」 早瀬さんがぽかんとしているのが空気で感じられたけど、今はそれどころでは無い。 ここでハッキリ白状させておかないと。 「今、白状して!そうじゃないと、そうじゃないと……あぁ!それでも好きだけどさぁ!隠し事は無しにして!子供は何人いるのぉ……借金は二人で返せるくらいなのぉ…」 佐藤の胸に縋り付いて半泣きになる。 逞しい胸板が堪らない、キュンキュンする。 あぁ、惚れた弱み酷い。 好きなの…。この包容力と完璧な体と、くしゃくしゃの笑顔すきなの…。 あぁ、僕は馬鹿だ。 分かってしまう、ろくでもない男にほれて人生苦労ばっかりの人たちの気持ちが……。 「サブ、お前今まで番と何してきたんだ……相当ろくでなしだと思われているぞ……」 「いや、何もしてねぇよ。むしろ挿入すらしてねぇ…すげぇ大事にしてるぞ!」 二人が何やら話をしている。 「千歳君、言っておくが、この男に結婚歴はないし、隠し子もいない。だから借金どころか、コイツの遺産を相続するのは君一人だ」 「……そうだぜ、俺が愛しているのも一緒になりてぇと思ったのも、お前が最初で最後だぜ」 佐藤が僕の頬にキスをする。 なにやら手に握らされた。 手のひらを開くと、指輪がある。 え?これって……。 「給料三ヶ月分の指輪は買えなかったけどよ、受けとってくれ」 「佐藤…」 「買えないというか、お前の給料三ヶ月ぶんの指輪は店頭には置いてない。ちゃんと発注しろ」 なにか早瀬さんが言っているが、恋愛脳モードの僕には聞こえない。 なんか凄くダイヤ大きくて、ぜったい偽物だけど。 好きな佐藤から貰うものなら、たとえ安物でも嬉しい。 あぁキスしたい。 むしろ、にゃんにゃんしたい。 あぁ…好き。 「千歳…好きだ!よし、帰るぞ!食事はまただ!じゃあな、早瀬」 佐藤が僕を軽々抱き上げて、歩き出す。 早瀬さんには申し訳ないけど、今は佐藤に合意! ごめんなさい 「お前が尻に敷かれる面白いものが見れたので、おかまいなく」 そして僕らは狭いアパートで朝まで励んだ。 あれ?早瀬さん何言ってたっけ?

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