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第26話 オニギリおばちゃんと、僕の事件簿 1
「細川さん、見ました?石川くんの項を…」
川沿いに立つ食品工場の休憩室で、二人の中年女性がコソコソと話をしていた。
「見たわ。……石川くんの旦那様…αでガテンの出っ歯系おじさまだったのね…」
ふくよかな女性が、泣き真似をした。
αといえば美形、そうでなくても中の上。
βの二人は、αとは、優秀で優美な世界の人間だと思っていた。
しかし彼女たちの大切な仲間のΩの男の子の運命の番は、少しばかり違うみたいだ。
「…石川くん…妄想が膨らんじゃう理由が分かったわね…」
「そうね…まぁ幸せそうだけど……やっぱり、げっ歯類系おじさんαじゃ……エンペラー追いかけちゃうわ……私達と同じね旦那は旦那。推しは推しね!!」
二人が手を取り合って見つめ合う。
「色々相談にのってあげましょうね」
「えぇ、もちろんよ。そうだわ!今日のカフェに誘ってみない??」
「でも富山さん、こんなおばさん達に誘われたら迷惑じゃ無い?」
二人が暫し考え込んだ。
「石川くんなら喜んで来そうよね…」
「最初は私たちに引いてたけど、最近は自分から話しかけてくるものね…なんだか…不思議な子よね」
「ええ」
僕は今、仕事帰りに同僚のお姉様方とカフェに居る。
母以上祖母未満のお二人だけど、とっても面倒見が良くて、話していて楽しい。
とくに富山さんとはラインでも良くやりとりするし…同じ推しを持つ同志だ。
工場からの一番近い駅前のこのカフェは広いし、駅がよく見えるから待ち合わせなどにもよく使われる。
ふわふわのパンケーキ、もりもりのパフェ、大きなジュースグラス。コーヒーの良い匂い。
どれもテンションが上がる。
商品を買って席についた。
「うーん、美味しいわねぇ。カロリーの暴力!」
富山さんは、もりもりのパフェを幸せそうに食べている。
美容命の僕の母さんは絶対に食べないものだ…お二人に誘われて来て良かった。こんな良い店があるなんて。家族で行くのは母チョイスの店ばっかりだったから、こういう分かりやすい味最高!
「ここはコーヒーも美味しいし最高よね」
細川さんがコーヒーとタルトを楽しんでいる。
「パンケーキがうまぁです!」
僕はパンケーキとミルクティーを頼んだ。
仕事帰りのおやついい。
「石川くん、新婚生活は順調?」
細川さんが聞いてきた。
新婚生活…。
佐藤との生活は順調だ。
佐藤は朝早くて僕が起きる頃に出かけてしまうけど、現場以外の仕事は家でやることが多いので、すれ違うこともない。
もさもさのおっさんのくせに、意外と家事はマメで、お互い一人暮らしからの同居だから、良い感じに分担できていると思う。
料理はなんとなく平日は交代制で、僕は作る派で、佐藤は買ってくる派だ。
マンション立地がいいから買えるお店も多いし、出前系も豊富で飽きない。
僕のお給料を家に入れようとしたけど、自分のツレに金を出させない男子の佐藤なので、きっぱり断られた。
なので、将来佐藤の会社が潰れて、路頭に迷うこと無いように貯金している。
「喧嘩もまだした事ないし、負担に思うこともないですし順調です」
まぁ…なんていうか…夜の生活も順調です。
「まぁそれは良かったわ!」
富山さんが手を叩いて喜んでくれている。
なんていい人達なんだ。
「追っかけ活動には理解はあるの?」
細川さんがコーヒーを啜り僕を見た。
佐藤は結婚前から知っているミリリンにも文句言わないし、エンペラーのものを色々ダウンロードしているのを見ても『ここに本人が居るのになぜ…』と苦笑しているけど否定はしない。
なんなら、たまにワザとエンペラー感出してきてヤバい。
「はい、大丈夫です」
「…げっ歯類…良い旦那じゃない…」
富山さんが何か呟いた。
「…え?」
「何でもないわ、気にしないで、ふふふふ」
富山さんと細川さんが、あさっての方向を見た。
僕もつられて視線を外に向けた。
カフェの出入り口に近い外に佇む青年。スーツなんて着ているけど忘れもしない、あのちょっと目が細い癖のある美形は……。
僕は思わず声が出た。
「あああ!!パンツの泥棒!!」
「「何ですって!?」」
目の前の二人が立ち上がり、泥棒の方を見た。
残っていた食べ物を一瞬で口に詰め込み、トレイを持った。
「捕まえるわよ!!」
「見ていなさい!中高年のスポーツジム、カーブンスで鍛えた足腰を!!」
「えっ…えっ……ちょ、ちょっと待ってください!」
僕は慌てて二人を追った。
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