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夜明けの華 21

「いいから早く学校へ行け。朝食はちゃんと食べていくように。帰りはまっすぐ帰って来なさい。今夜はちゃんとテスト勉強をするぞ」  蓮の言葉に肇はほんの一瞬だけ、ほっとした表情を浮かべた。 「ちゃんと、学校へ行く」  いつものぶすったれた表情に戻り部屋を出て行く肇の後ろ姿を見送った後、蓮は目を閉じ、深い眠りについた。  蓮が社長である光石の姿を間近で目にしたのは、入社後半年、九月下旬の事だった。配属されたチームが上半期の数字に大きく貢献した事で評され、幸運な事に新入社員の蓮までもが社長に謁見する機会を得たのだ。  光石は代表取締役社長に就任したばかりの若い社長と聞いていたが、実際目の当たりにするとその威光に圧倒され、とてつもなく大きく見えた。雲の上の存在である社長に憧れを抱きながら、蓮は持てる能力のすべてを発揮し、がむしゃらに働いた。  そしてそれは、着実に結果を残していった。  第一秘書のポストについたのは、入社から五年という異例の速さだった。光石が蓮との情事に溺れたきっかけは、ほんの悪戯心だったという。なのに気付けばすっかり骨を抜かれていたと、数年後の光石は笑いながら語った。  光石は、何も持たない自分に初めて『誇れる居場所』を与えてくれた、光の人だ。  机の上の振動音で、蓮は目を覚ました。スマートフォンに手を伸ばし、画面を確認して一瞬止まる。  一呼吸置いて応答すると、何度聞いても好きになれない男の声が聞こえてきた。  仕事を預けている第二秘書の菅谷から、資料を探しているがどうしても見つからないという、泣きの依頼だった。  蓮は「今からオフィスへ向かいます」と答え、早々に電話を切った。

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