4 / 6
第4話
職場を出ると、いつも通り外は真っ暗だった。スマホで時間を確認すれば「十一時十三分」との表示。あと六十分もしないうちに今日が終わってしまう。火曜日が水曜日になってしまう。だけど、出勤する時間は例え仕事が長引いたからといってその分遅まるわけでは、勿論ない。
憂鬱だった。
明日が来るのが、漠然と毎日怖い。夜は眠れないし、朝は起きた瞬間から心臓がバクバクしている。
正直言うと日常から逃げ出したい。
しかしそれは俺の弱さだ。誰しもがこの暗闇を自分の力でくぐり抜けて、そうすることでやっと幸せを手にしているのだ。この暗闇は永遠ではない。ただのトンネルだ。
だって入口があったから。
その入口とは、一年ほど前、公務員試験に合格し、市役所の職員として採用され、現在の部署に配属されてからのことを指す。はっきりと解るのだ。その瞬間からトンネルに爪先を踏み入れていた。トンネルならば出口があるはずだ。ライトもろくに灯っていない、真っ暗なトンネルだけど。いつかは必ず光が見えるはずだ。
そう信じているけれど……今のところ、光の兆しは見えてこないな。
俺の脚が勝手に自宅へ帰るのを拒否していた。
だって自宅の隣には大っ嫌いな幼なじみの家がどっかりと建っていて、その幼なじみはこの時間、縁側に腰掛けて呑気に煙草で一服しているから。その縁側がちょうど帰路に面しているから、嫌でも目に入ってしまうのだ。
こんな時間に帰宅している自分を見られたくなかった。この間同じような状況で目が合ったとき、俺は無性に恥ずかしくなったのだ。あいつには「負けていない」はずなのに。なぜか「負けている」気がした。
こんなド田舎の道路は街灯一本すら建設されておらず、ちょっとの先も見えないほどに真っ暗だった。だけど今はそれで都合が良い。誰にもこの疲れ切った表情を悟られないだろうから。俺の脚は自宅の横を通り過ぎ、いつの間にか石階段をゆっくりと登っていた。
この先には、神社がある。俺の父親が神主を務める神社だ。神楽坂神社。そう、父が神主を辞めれば……つまりは死亡すれば、必然的に俺がここを継ぐことになる。そこがきっとトンネルの向こう側の景色なのだ。
だけどそれを待ち侘びるってことは、イコール父の死を望んでいることに繋がってしまう。それを考えるたびに自己嫌悪に陥る。自分の力不足が招いた結果なのに、外部の影響に任せるなんて傲慢であると解っているからだ。
さっさと帰って夕飯食べて、明日に備えて眠らなければ。きっと眠れはしないけれど、瞳くらい閉じないと。そんな思いに反して、身体は帰りたがらなかった。ここに来たからって何が起こるわけでもなく、何かが変わるわけでもない。ただ時間が過ぎて明日が今日になるだけ。それだけだ……。
「……うぉわっ!?」
「うへっ!? ひぇ、ぎゃっ!! なっなにっ、なにっ!?」
突然暗闇から人間の声がして、俺は五臓六腑が全て口から飛び出るんじゃないかと思うほどに驚き、後ろに仰反った。……ってか、えっまだ階段の途中なんだけど……。
「やば〜〜っ!」
と間抜けな声を上げたのは俺ではない。俺の身体は誰かに手首を掴まれたことによって、ギリギリ事なきを得ていた。
俺は一瞬で体勢を整え、その腕を振り払う。
「おいっ気安くさわんじゃねーよ」
だんだん夜空に目が慣れてきて、今の状況がなんとか目視だけで確認できるまでになった。
目の前のバカ面は境内と賽銭箱をバックに銀色の髪を靡かせて、漆黒の瞳を怒り色に染めている。神宮寺慈恩。俺は階段を登りきり、慈恩と対等の位置に立った。
ともだちにシェアしよう!