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3 もしかしたら暴走してる?〈2〉

 朔也の勤めている店は、商店街のど真ん中にある。そして商店街は観光地のど真ん中にあった。  古い寺社仏閣が多く残り、昔からの門前町が発達して今に至った土地柄だったこともあり、街並みも伝統的な建物が多くて、着物で街歩きするには最適な場所だった。京都の次か次くらいには、着物が似合う場所だと言ってもいい。  写真を撮れるためのスポットも数多くあるから、朔也はささっと彼の歩き方と距離を考えて近場でいくつかリストアップした、有名な寺はいくつかあるが、どれも少々距離があるので外す。  商店街を出るころには、足さばきにも慣れ、克博はひとりですたすたと歩けるようになっていた。雪駄は下駄と違ってサンダルと変わりがないからもう違和感はないだろう。  平日でも人通りの多い緩い坂をふたりで並んで歩いていると、すれ違う観光客から視線が来るのがわかる。だいたいは女性だ。それから外国からの訪問者で、日本の街並みの中の着物の人、というシチュエーションが喜ばれている。注目されるのは今日ばかりは自分ではないのが楽しい。商店街から別の商店街に繋がり、大通りに出るとさらに視線がある。 「――変じゃないですか?」  自信なさそうに言いながら、克博はこちらに視線を流してきた。 「すっげえ格好いい」 「真面目に答えてください」 「真面目だよ」  作家物のかなり派手な柄だったのに、なかなかどうしてよく似合う。背が高いから肩から裾まで大胆に太い縞で色分けされていても負けないし、曇り空の下で鮮やかで輪郭の太い華やかさがある。  柔らかい髪がふわっと風をはらむと穏やかな色気があった。ただ立っているだけだとわからなかったが、歩くと少し腰が落ちて滑らかな足運びになるから、動きそのものが着物に適応している。  へええ。  内心感嘆の声が漏れる。思ったより、だいぶ。 「ていうか、ごめんな。付き合わせてしまって」  離れて眺めてからはっとする。  よくよく考えれば、自分の仕事に彼を利用しているだけだ。デートともだいぶ違う。着せ替え人形にして楽しんでいるようにも見えるだろう。  彼の隠れた魅力を引き出すためだと言い訳をしてみても、やっていることは自分勝手に引っ張り回しているだけだ。酒を飲んで酔って彼を呼び出して送らせた、友人とどう違うというのだ。  朔也が謝ると、克博はぶっと吹き出した。 「なんで謝ってるんですか。楽しいです」 「そうか?」  確認するように訊き直すと、眩しそうに目を細めて頷く。 「そうですよ。いつもの自分と違うっていうのはストレス発散になりますね。初めて知りました。あと自分ひとりだったら着ないものをわざわざ選んでもらって着させてもらって、似合ってたりしたから得した気分です」 「だったらいいけど……」 「今まで付き合っていた人には着せてあげなかったんですか?」  ちらと聞いてもいいのか伺うように見てくる。朔也はかすかに頬を歪めた。 「いやまあ、実は一回もねえ」 「何でですか? めちゃくちゃ着させてると思ってました」 「自分からやりたいって言うならともかく、いい大人は他人に着るもの押し付けられたくないだろ」 「……ふ、ふふふ」  耐えきれなくなったように克博が笑いだすのを、もう、本当に申し訳ないような思いで頭を抱える。 「笑うところかよ」 「僕はその点ファッションには全然興味ないですからねー」 「そこは怒るところだろまったく。悪かった。暴走してる自覚はある」  あまりに素材がいいから、押し付けだとわかっていても止められない。だけど克博は楽しそうにしている。 「だから僕はかまわないんですって。こだわるところは別にあるんですから。それにあなたのいろんな面が見られるのが嬉しいので」  くっくっくっと喉で笑う。 「真面目な横顔をたくさん見させてもらって、最初のころから随分印象が変わりました」 「えー、悪い方じゃないといいなあ」  軽口を叩いていると、克博が横目でかすかに睨んできた。 「悪い方じゃないですよ。というよりも、初対面の相手にキスするような軽い人だと思ってたので、悪い方に行きようがないでしょう」 「うっ、ごめん……」  そうだった。最初のうちに悪い方に傾いていたのだ。それなのによく食事やら撮影会やらの誘いに乗ってくれたものだ。寛容なのかもしれないが、だからこそ、できるだけつけこまないようにしないと。 「人付き合い上手くてよく遊んでる人かなって思うし今でも思うんですけど、お仕事ちゃんとされてるのが素敵だなあって」 「ありがとー……」  いやもう恥ずかしくて情けない。そんなに遊んでるわけじゃないけれど、彼にとって自分はそういうキャラにとられても文句は言えなかった。  気まずくなって無言でふたりで歩く。坂の真ん中くらいに階段があって、そこを上がると寺の境内だ。観光客のほぼ半分が同じルートをたどっているので、紛れながら階段を上る。  どうも自分のことに集中すると周りを置いてきぼりにしがちだから、いつもは相手に合わせていることが多かった。見てほしい、聞いてほしい、楽しませてほしいと、声もなく言われ続け、それが普通だった。別にそれでもかまわなかったのに。  彼は楽しそうに、笑って付き合ってくれるから。  階段を登りきると目の前に五重塔がそびえている。創建当時から何度か被災し、これは室町時代のものらしい。建築のことはわからないが、整っていてすらりと美しい。 「んじゃちょっと、そこ立って」  塔よりも離れた、人通りの邪魔にならないところで止まる。あまり塔に近づきすぎると、ただの古い建物が背後に写っているだけになってしまう。  克博は後ろをついてきて、示したところに立った。 「……すっごい一眼レフとか出てきたらどうしようかと思ってたんですけど、普通ですね」 「はは。俺の腕ならこんくらいで十分だし」  ちょっと値が張る程度のデジカメを出してくると、彼の顔から緊張が抜けた。そう、これくらいがいい。

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