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4 自分が折れた方が早い〈2〉

 ここ数週間、彼とは会っていない。  約束も取り付けられないような状況になってしまったので、連絡も取りにくかった。言葉だけでも関係を確立しておけばよかったかもしれないが、それはそれで決めなくてはいけないこともあるから。  そこまで考えて、ずっしりと肩に重荷がのし掛かったような気分になる。会いたくないわけではないが、課題がどうしても彼を避けて通させた。 「あと、どれくらいの期間で連絡したらしつこくないか、頻度を聞いてた」 「ああー、気を遣わせてる! どうしよ!」 「俺はてっきりあいつがおまえに入れ込んでるだけだと思ってたけど、実は違うな?」  真一はハイボールのジョッキを置きながら、指でこちらの胸を指す。 「すげえベタ惚れじゃん」 「――まあ、否定はしないな」  たまに彼の困ったような上目遣いと、とろけるような甘い眼差しを思い出して、そわそわした気分になった。  ツンデレ猫ちゃんが好きだったころと感覚は変わらない。好きにさせて甘やかしたいと思うのと、少し意地悪して腕の中で鳴かせたいと思うのと。  それをどうやって叶えるか、だ。  升ごと口元に持っていってグラスの酒を含む。生もとづくりの超辛口、原酒だから濃くてすっきりとした切れ味がたまらない。 「俺のおかげだなー。ここはおまえが奢れよなー」 「前回は俺が払っただろ! それに大変なことになってんだからな」  思ったことをそのまま口にしながらじろりと睨んでやると、思い当たる節がないようにぽやっとした顔になった。 「何よ。あいつもおまえのこと悪くは思ってないんだろうに。どこが問題なんだよ」 「俺を抱きたいって」  むすっとして言うと、彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。 「……はあ。そういうのそこそこ親しい友達からは聞きたくねえんだけど……、え、でもそういや」  そしてようやく気づいたようだった。 「そうだおまえどっちかっていうと」 「そう。俺はタチ専だって前に言ったよな」 「ひょえええ」  気の抜けた悲鳴とともに真一は後ろによろけると、背後の壁に後頭部をぶつけた。 「面倒なことになってんな!」 「おまえのせいだろ。どうするつもりだ」 「なんで俺のせいなんだよ。俺は紹介しただけだし勝手にくっついたのはおまえらだろ。ていうかもう諦めろって」  朔也の八つ当たりに、真一は身体を起こしながら、他人事だからか超絶いい加減に言い返す。  そりゃあ彼にとってはどうでもいいことだろうけど。朔也の眉がぎりっと吊り上がった。 「じゃあおまえ、俺があんな年下の可愛い子にやられてもいいってのかよ!」 「年下なのはその通りだけど可愛いかどうかは俺にはわかんねえな!」  真一は冷静に突っ込みながら、奈良漬をつつく。その態度にむかっ腹を立てながら、朔也は彼の取ろうとしていた漬物の一切れを奪ってやった。 「そんだけ仲良くなってんならいいじゃん別にやらせてやれば」  しゃくしゃく漬物を咀嚼してから、朔也は両眉を下げた。 「そうは言ってもな……」  苦い顔になる。考えるとじわっと嫌な汗が染み出してきた。 「ボトムに良い思い出がなくてさあ」 「トラウマってやつか。だったらあいつと相談して替わってもらえよ」  かすかに申し訳なさそうな色が真一の顔によぎる。もちろんそうしてほしくてアプローチしたけれど。この前の爆弾発言が効いていたから。 「いやでも、初めてくらい好きな方やらせてやりたいだろ……」 「おいおいおまえもうだいぶ参ってるな?」  笑っていいものか困っていいものか迷っているような顔になって、真一はそのままハイボールをぐいっと飲んだ。 「ていうかあいつ初めてだったのかよ……、まあ誰しも初めてはあるもんな……」  はああとふたりしてため息をついた。そして朔也はのろのろとグラスを升から取り出して、底をおしぼりで拭いてテーブルに置いた。そして升の酒を全部あおる。ほんのり木の香りがついていてすがすがしい。  美味しいのに、気分が晴れない。テーブルの隅の方に置きながら、どろどろとした思考を掻き回す。ずっと、考えていることはあった。 「――もうずいぶん前のことだから、もしかしたら大丈夫かもしれないとは思ってんだよ」 「おいおい」  心配そうに真一が眉をひそめた。 「そういうの、無理は禁物だろ」 「だから、ちょっと、試しておこうかなあって。そしたらあいつの前で取り乱さなくてもすむだろ」 「試すって?」 「その、ボトムの」

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