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4 自分が折れた方が早い〈3〉
「は、あ……?」
衝撃で口が塞がらないらしい。真一の唇がわなないて、言葉も詰まった。ぱくぱく口が開閉し、ようやく閉じると、剣呑な目つきに変わった。
「――つまり、あいつとやるまえに誰かやっておいて、ちゃんとできるか事前に調べておきたいというわけだな?」
「そうそう」
軽い感じで頷くと、ごっ、と真一がテーブルを拳で叩いた。
「簡単に言うな! ちゃんと相手いるのにんなことやるんじゃねえ!」
個室であっても音は外に漏れ出る。朔也は慌てて手を振った。
「ちょ、声が大きい」
「うるせえ! すぐ、今すぐ克博のところに行ってヤってこい!」
怒りすぎだろ。朔也はそわそわしながら、もうちょっと静かに、とささやいた。しかし彼は納得のいく答えがもらえないかぎりこちらの言うことは聞くつもりはなさそうだ。
「……うーん、明日は水曜日でようやく勝ち取った休みだからいいけど」
「じゃあ」
「でも行けねえって。ちゃんとできるか知りたいんだよ。あいつの前で醜態をさらしたくないっていうか」
「つまらねえ見栄張らねえで行けって」
見栄を張って何が悪い。好きな相手だったらできるだけスマートでいたいと思ってもかまわないだろう。あまりに理解してくれなくて朔也はむかっとした。適当にナンパするのが駄目だと言うのなら。
「だったらおまえが相手してくれよ」
「……はあ?」
声が完全に裏返って、当惑とともに吐き出されたが、次第にゆっくりと彼の目が据わり始めた。
「おまえ、何を言ってるのかわかってんのか」
「いやいい」
完全にお互い取り乱してて、まともな会話になっていない。朔也は言ったとたん後悔した。声に出した言葉は取り消しできないというのに。
「ごめん失言した」
「飲みすぎたってことにしとく」
真一の声が急に冷たくなって、それからへにゃっと眉が下がった。
「ちょっと待て、頭冷やしてくる」
彼は押し出すようにつぶやくと席を立った。指でこつっとテーブルを叩く。
「話は終わってねえから逃げんなよ」
「逃げねえよ」
彼の怒りももっともだ。朔也は情けない思いで水を注文して、冷水を一杯飲み干した。あやうく真一との友情をぶち壊しにするところだった。彼が克博を大事にしているのはわかっているのに。
数分して戻ってきて、真一は椅子に座った。前髪が少し濡れている。
「どれだけ考えても却下だ」
席についたとたんこの返事だ。目の前に置かれている自分の水をごくごく半分飲んでから、じろっと睨んだ。
「いいか、他のやつも駄目だ」
「……へいへいわかりましたよー……」
相談した相手が悪かったわけだし、それは自分の失敗でしかない。
仕方なしに了解したふりをしながら、頭の中で算段する。今日か、遅くとも来週の火曜の夜に、どこかのバーで男を引っかけよう、そうしよう。彼と克博にばれなかったらいいのだから。
脳内検索で店の目星をつけたところで、真一と目が合った。驚くぐらい半眼で怖い。
「良からぬことを考えてるんじゃねえだろうな」
じっとりと見つめ、真一は低く脅すように言ったので、朔也は愛想笑いをしてみた。早く美味しいお酒が飲みたい。
「べっつにー」
「嘘つくな。ていうか何でそんなふうになるわけ。お互い慣れないもの同士でのんびりやってきゃいいだろ。失敗したっていいんだし。年上だからっていつもおまえがリードしてやる必要なんてないんだから」
まあ正論だ。グラスの酒を一口飲んでから、水と一緒に注文した地鶏の刺身を箸で摘まんだ。
「それはそうだけど、痛がったり緊張したりして、面倒くさいって思われたくないし、手際悪くて萎えられたら立ち直れないだろ」
「はああ? 手際……? そんなの慣れてなければないだけ興奮するだろが」
真一の年下好みを思い出して、朔也は唸った。そういうのが好きなやつにはわからないか。でも見た目ほど従順じゃなさそうな男を思い出すと、なんとなくぺしゃんこになったような気分になる。
「でも、俺、経験豊富だから大丈夫、とか思われてるんじゃないかなあ……」
「なんじゃそりゃ。――いろいろ理屈つけてるけど、つまりは怖いんだな」
「……っ、」
息を詰めて、朔也はゆっくりと吐いた。
「……んだよ、悪いか」
はっきり言うなよ嫌なやつ。しかし真一は取り皿に乗っている刺身のツマを何ともなしにつつきながら、どこか情けなさそうに微笑した。
「悪くはないけど、そういうのはちゃんと話し合った方がいいってことだ」
ううう、と勝手に喉から唸りが漏れる。
「あいつの初めてくらい、ちゃんと満足したものにしてやりたいっていうのが、そんなにダメなのかね」
「おまえがあいつのことをめちゃくちゃ気に入ってるってのはわかったけど、可愛がり方の方法が斜め上に行ってる感は否めない」
「うっせえよ」
髪を軽く乱してから、朔也はグラスを取った。
「まあ、この話はもういいや」
さすがに真一に甘えすぎているような気もする。自分で何とかしよう。
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