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理不尽な恋が終わる刻 3(雪夜)

 夏樹さんは俺のことが……好き?  いやいや、期待するな……真に受けるな……夏樹さんにとってはこんな言葉どうってことないんだ……  だって夏樹さんが俺なんかに本気でそんなこと言うはずないもの!!  もし本気なのだとしたら俺は…… 「信じてない……か。……ん~……」  スッと表情のなくなった雪夜の顔を見て、夏樹がペチンと右手で自分の額を抑えた。 「酔って雪夜を襲った俺がこんなこと言っても信じられないと思うけど、でも本当に好きなんだよ。雪夜にとっては俺はただの一時しのぎなのかもしれないけど、俺は雪夜とちゃんと恋人関係に――」 「……いや……」  そうじゃない……信じられないとかじゃなくて……だって夏樹さんは……  夏樹の口から雪夜が欲しかった言葉が次々に出て来る。  その度に、罪悪感と後悔と後ろめたさが雪夜にのしかかってくる……  耐えきれなくて夏樹の言葉を途中で遮った。 「いや?」 「お願いだからもう止めて下さいっ!!俺……付き合うのとか初めてだって言ったじゃないですか……夏樹さんみたいに経験豊富じゃないから……そういう言葉とか真に受けて勘違いしちゃうからっ!……だから、そういうのはいらないです。俺は夏樹さんにそこまで求めてないからっ!一週間に一回会うだけで十分義務は果たしてくれてますし、俺とは形だけの恋人関係なんだし――」 「……義務って何?俺が雪夜と付き合ってるのは義務でやってると思ってた?」  夏樹の声が少し低くなる。 「だって……」 「まぁ確かに最初はちょっとそういうところもあったかもしれないけど、でもそれだけで半年もは続かないよ……義務とかじゃなくて、俺が雪夜に――」 「だって俺っ、好きになってもらう資格ないからっ!!」 「……雪夜?」  雪夜の勢いに夏樹が戸惑い、少し眉をひそめた。  なんでこの人は……俺なんかにまで……そこまでするの……?  もういい……もう……全部ぶちまけてしまえっ!! 「だから……っ、あの夜、夏樹さんは何もしてないっ!!」 「……え?」 「夏樹さんは、酔っぱらってて……俺の家に着いたらすぐに寝たのっ!!俺は、服が皺になっちゃいけないと思って脱がしただけで……だから夏樹さんは何もしてないっ!!」 「え……ちょっと待って……」  夏樹が戸惑って雪夜を制止しようとしているのは見えたけど、もう一気に話してしまいたい。  今喋るのを止めてしまえば、きっと続きは言えなくなる…… 「俺……こんなだから一生誰とも付き合ったりできないと思ってて……だから、夏樹さんが勘違いしたってわかった時に、もしかしてこの人だったら、お詫びに一回くらい……デートとかしてくれるんじゃないかなって……嘘でもいいから恋人気分を味わってみたかっただけでっ……ホントに、あの……キスやセックスまでしてくれるなんて思ってなくて……だからその……すぐにちゃんと話すつもりだったんだけど、夏樹さん無理やり恋人になった俺なんかにもすごく優しいし、本当の恋人みたいに接してくれるし、一緒にいるのが楽しくて……なかなか言い出せなくて……ずっと嘘ついてて、騙してて……本当に……ごめんなさいっっ!!!」  俺は泣きそうになるのを堪えながら一気に(まく)し立ててベッドから飛び降りると、人生で初めて土下座をした。 「……」 「ヒック……っ……ごめ……っ……なさぃっ……」  土下座をして顔を伏せた瞬間、涙が零れた。  部屋の中に、雪夜のしゃくりあげる声だけが響く。  どうしようどうしようっ!!とうとう言っちゃったよ……これから一体どうなるの!?どうすればいいのっ!?  そればかりが頭の中でグルグルと回る。  心臓の音がやけにうるさい。  床にこすりつけた額が……冷たい……  夏樹は一言も発さない。  この静寂の中……夏樹は何を考えているんだろう……どんな顔をしてる?きっと、軽蔑、侮蔑、嫌悪、怒り……いろんな感情が入り混じった顔をして雪夜を見ている筈だ……  全部自分のせいだ……  いつかこうなるとわかっていたのに、それでも夏樹にそんな表情を向けられることを考えると身体が震えた……   ***  どれくらい時間が経ったのか……多分、まだほんの数分なんだろうが、雪夜の中では何時間も経ったような気がした。  夏樹はまだ黙ったままだ。  何でもいいから言って欲しい……でも……  夏樹の口から次に発せられる言葉を聞くのが怖い。  それはきっと雪夜を罵倒する言葉のはずだから……  ちゃんと聞かなきゃ……そう思うのだが……  重い沈黙に耐えられなくなって、顔を下に向けたまま(おもむろ)に立ち上がると、 「……っめんなさいっ!!!」  自分の鞄を掴んで夏樹の部屋から飛び出した。 ***

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