22 / 715

理不尽な恋が終わる刻 5(雪夜)

「入って」 「……はい」  夏樹がドアを開けて雪夜を玄関に押し込んだ。  背後に感じる夏樹の圧が強い……  足が重い……何とか靴を脱いで、足を引きずるようにして奥に進む。 「座って」  鍵をキーボックスにかけた夏樹が、雪夜に座るよう促した。 「……ぁの、財布と携帯を……」 「話が終わったらね。さっきの話、まだ途中だったでしょ?」 「……はい」  俺からの話はあれが全てだ……続きがあるとすれば……それは夏樹さんの方だ。  やっぱり言い逃げは良くないよな。  真実を知って、夏樹さんには俺に言いたいことが山ほどあるはずだ。  俺はそれを全て聞く義務がある。 「わかりましたっ!どうぞっ、何でも言って下さい!!」  夏樹に事の真相を告げると決めた時に、覚悟も決めたはずだ!  俺だって一応男なんだから、ちゃんと腹をくくれっ!!  大きく息を吸うと、冷たいフローリングの上に正座をした。  夏樹の口からどんな罵詈雑言(ばりぞうごん)が飛び出しても受け止めるつもりで、ギュっと目を瞑って、膝の上で拳を握りしめた。  近くに夏樹が座る気配がして、思わずギクリとする。  そうか……もしかしたら殴られたりも……いやいや、そうだよな。  俺が逆の立場だったら、一発殴るくらいじゃ足りないし……  言葉以外のパターンもあることに今更ながら気がついて、ゴクリと唾を飲み込んだ。 「……雪夜」  夏樹の手が頬に触れた。 「っ!!」  くるっ!?  来るべき衝撃に備えて、全身に力を入れた。 「好きだよ」 「……っ?」  ん?あれ?痛く…ない…? 「大好きだよ」  あ、これ夢ですね。俺駅で寝ちゃったのか。  ハハッ、この期に及んで、夏樹さんに好かれようだなんて……未練がましいな…… 「雪夜?」  って、さすがに夢じゃないからっ!!  パチッと目を開けると、夏樹の顔がすぐ近くにあった。 「っ!?え、あの……夏樹さん?」 「聞こえてる?」  夏樹が雪夜の頬を撫でながら、覗き込んでくる。 「あ……はい……いや、あの、俺たぶん耳おかしいんで耳鼻科に……」 「大好きだよ」  聞き間違いじゃなかったぁああああああああ!!! 「おおおおおおかしいでしょっ!!!!なんでっ……もっとほらっ他にあるでしょっ!?ふざけんなっとかっ、し〇!!とかっ、このオ〇マ野郎っ!とかっ!俺を、罵倒する、言葉がっ!!何でよりによって……その言葉なのっ!?」  思わず立ち上がって、ファイティングポーズで夏樹に力説する。  ある意味、夏樹のその言葉は罵詈雑言よりもダメージは強い……うん、俺の心を痛め付けたいなら確かにその方が効果的だけれども…… 「え……雪夜ってそういうのが好きなの?」 「いや、そうじゃなくてっ、そうじゃないけどっ!!夏樹さん怒ってるんでしょ!?もっと俺のこと(なじ)って(ののし)って下さいよ!!俺……殴ったり蹴ったりされても仕方ないことしたんだしっ!ちゃんと……何言われてもっ、受け止めるつもりでっ……!!」  なんだか、もう自分がよくわからない……騙していたのは俺なのに、なんで俺が夏樹さんを責めてるんだろう……  今こうやって声を荒げているべきなのは、夏樹さんでしょ?  俺は一体何を必死になって…… 「なんで俺が怒るの?」 「……え?」  興奮して大きな声をあげる自分と対称的な、驚くほどに落ち着いた夏樹の声に拍子抜けしてしまった――…… ***

ともだちにシェアしよう!