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理不尽な恋が終わる刻 7(雪夜)
「あれ?でも、それじゃあ……付き合い始めてから抱いたのがホントの初めてだったってことだよね?」
雪夜が落ち着いた頃、夏樹が唐突に切り出した。
「……はい」
夏樹の言う通り、3回目のデートの時に夏樹に抱かれたのが、雪夜にとっての処女喪失 だった。
「あぁ~……それであんなに怯えてたんだ。そっかぁ~……ごめんね、わかってたらもっと……手順踏んだり、準備とかもいろいろとちゃんとしたのに……急に押し倒したから怖かったよね」
夏樹が、長く息を吐きながら雪夜の肩に顔を埋めた。
俺、怯えてた……のか?
初めての夜のことは……ほとんど記憶にない。
夏樹さんが抱いてくれるなんて思ってなかったから驚いたのと、終わった後の身体の痛み、優しく頭を撫でる夏樹さんの手の感触、そして、泣きたくなるくらいの切なさだけは覚えている。
「大丈夫……です……夏樹さん優しくしてくれたから……」
初めての時のことはよく覚えていないけど、その後もずっと夏樹は優しかった。
雪夜が少しでも痛がったら無理に挿れたりはしないし、少し焦れったくなるほどに丁寧にほぐしてくれた。
あの時のことを思い出して、顔が熱くなった。
照れ隠しに、夏樹の肩に顔を埋めて胸元の服を握りしめた。
「まぁね、一応あの時点で出来る限り優しくしたつもりではあるけど……」
夏樹がよしよしと雪夜の髪を撫でつける。
というか、何で今こんな話をしているのだろう……
夏樹との会話は楽しいし、夏樹の温もりが心地良い……
しかし……
「……夏樹さん……」
「ん?」
「あの……」
夏樹は怒っていないと言った。
でも、騙されて付き合っていただけなのだから、夏樹が雪夜と付き合う理由はもうない。
夏樹から言われるまで黙っていようかと思ったが、夏樹は優しいので言い出せないのかもしれない……それなら……
「今まで本当にありがとうございました」
「どうしたの?急に改まって」
「俺……夏樹さんのおかげで、この半年間……めちゃくちゃ楽しかったです。ずっと本物の恋人みたいに接してくれて……俺の……一生の宝物です……」
夏樹さんが恋人になってくれて、本当に幸せだった。
「雪夜……?」
「ぁっ……あの、夏樹さんにとっては最悪の半年間だったってわかってますっ!ノンケなのに男にキスしたり抱いたりって……気持ち悪いことさせちゃって……本当にごめんなさいっ!!……謝ってすむことじゃないのはわかってるけど……あっこれもかっ……!」
ずっと抱きついたままの自分に気付いて、急いで夏樹の膝の上から下りた。
ここに座れと言ったのは夏樹だが、それはただ雪夜を落ち着かせるためにしてくれたことだ。
「雪夜……何が言いたいの?」
夏樹が表情を強張らせて雪夜を見る。
「だから……その……夏樹さんに何か償えるなら、全力で償うつもりだから何でも言ってくださいっ……あ、でもできたら痛いのとかはなしで……あ、そうだ、連絡先とかはちゃんと消すからっ!!何なら今っ!今消すからっ!!写真とかも、全部消すからっ!!!」
「え、ちょ……雪っ……!?」
机の上から携帯を取ると、急いで夏樹の連絡先を表示し、夏樹の目の前で消した。
……これで本当に夏樹との関係が終わってしまう……そう思うと指が震えたが、後で改めてとなったらきっと自分で消すことなどできない――
夏樹と写真を撮ることはあまりなかったので、写真の消去もあっという間だった。
「なんで……」
「……夏樹さんの方は……夏樹さんに任せます。償いはもちろんするつもりなんで、その時は連絡をくれたら必ず……あの、でももう、俺とは何も関わりたくないと思ったらそのまま消してくれたらいいですし……」
「雪夜っ、ちょっと待って……?それって、俺と別れるってこと?」
夏樹が茫然と雪夜を見つめてきた。
「っ……はい……だって、もう夏樹さんが俺と付き合う理由は……ないんだもの……」
泣かないように、拳を握りしめる。
夏樹が、一瞬驚いた顔で雪夜を見て、それからゆっくりと視線を横にずらし、じっと宙を見つめた。
「……あぁ……そうか……そういえばそうだね……うん、わかった……」
「……っ!」
もしかして、夏樹さん気付いてなかったのかな……言わなきゃ良かった?でも……
心のどこかで、夏樹が否定してくれるのを期待していた……
夏樹がこのまま関係を続けていこうなんて……言う筈ないのに……
終わった……
深く息を吸い込んで、声を絞り出した。
「……ぁ、俺もう行きますねっ!もうちょっとで始発の時間だしっ、夏樹さん仕事前にちょっとでも寝ないとっ!!それじゃあ……ありがとうございました」
深々と頭を下げると、今度はちゃんと携帯と財布を持って夏樹の家を出た。
少し歩いて振り返ってみたが、もう夏樹が追いかけてくることはなかった――……
***
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