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どんなに暗い夜だって… 1-5(雪夜)
「お邪魔します……」
靴を脱いで先に部屋に入った。
上着を脱いでいると、夏樹が入ってきて雪夜の鞄を置いた。
帰り道、夏樹はあの事について何も言わなかった。
佐々木はネカフェに行くことしか言ってないのかな?
だとしたら、いきなり迎えに行けって言ったの?理由も言わずに?
それは夏樹さんに失礼すぎるだろ……
いや、夏樹には知らせないって言ったのは俺だけど――……
「雪夜」
「はい、ごめんなさいっ!」
なんだかいろいろと申し訳なさすぎて、反射的に謝罪の言葉が口をついた。
「……何が?」
夏樹がキョトンとした顔で雪夜を見た。
そうですよね、いきなり何謝ってんだって感じですよね。
「いや、あの……さっき、夏樹さんには知らせないでって……」
「あぁ……あれ結局何?」
何?と言われても……全部話すわけにはいかないから……
「えっと……ちょっとのっぴきならない事情でネカフェに泊まることになったっていうだけなんですけど……」
あはは……と、誤魔化し視線を横に逸らした。
「うん、それで?」
いやいや、そんなに優しく促されても……
「……それだけです……」
要約すれば、ホントにそれだけなんです……
「それだけ?じゃあ、通話の件は?」
「通話も……特に何もないんですけど……」
「……けど?」
「あの……ちょっと声が……聞きたいなって……」
「……ふ~ん……?」
夏樹が少し眉を上げた。
「……すみません……くだらない理由ばっかりで……あの、でも……金曜日じゃないのに夏樹さんに会えて嬉しかったです……ちょっと得した気分……なんて、へへ」
本当に……金曜まで会えないと思ってたから嬉しい……声も直接聞けたし……キスもしてもらえたし……
思わず頬が緩んだが、ふと視線を上げると、夏樹は怒っているような悲しんでいるような微妙な顔で雪夜を見ていた。
俺だけ浮かれてた……恥ずかしいっ……
そうだよね、夏樹さんにしてみれば、そんなくだらないことで呼び出されたわけだし、笑えないよね……
「え~っと……それじゃ、俺今日は帰りますね!すみません、お邪魔しました!!」
「ちょっと待った。帰るってどこに?」
雪夜が出て行こうとしたら、夏樹が腰に腕を回してきて後ろに引き戻された。
背中に夏樹の温もりを感じて、一瞬胸が高鳴る。
「えっと……ネカフェに……」
期待していたものとは違うにしても、抱きしめられていることには変わりない。
あ~夏樹さんごめんなさい、夏樹さんに迷惑かけてるのに、引き止めてくれたのが嬉しいとか思ってしまって……
「はぁ……雪夜。なんのために俺が迎えに行ったと思ってるの?」
夏樹が少し呆れたようにため息を吐いた。
首に夏樹の息がかかる……
「それについては本当にお手数かけてすみませ……」
「雪夜、俺……知ってるんだけど」
夏樹が耳元でボソリと呟いた。
「え?」
「佐々木君から、全部聞いた」
「……ぁ……」
うそ……夏樹さん、全部知ってたの?佐々木から聞いてたの?
「雪夜から話してくれるのを待ってたんだけど、俺に話すつもりはないみたいだね」
夏樹さん、知ってて……俺が話すのを待ってくれてたのか……
「……あの……でも、それなら夏樹さんに話すほどの内容じゃないってわかってるでしょ?……他人の痴話 げんかに巻き込まれたっていうだけなんで、ホントに冗談みたいなくだらない話なんですよ……こんな話、夏樹さんには恥ずかしくて言えないですよ……あはは」
ホントにくだらない……笑っちゃうよね……
「くだらない話で、そんな表情 になる?雪夜、俺が声かける前から自分がどんな表情 してたかわかってないでしょ……身体だって、ずっと震えてる……」
「……俺の……表情 ?」
え……俺……笑ってるでしょ?笑ってたでしょ?
「……雪夜、俺に迷惑かけるだとか心配かけたくないとかは考えなくていいから、雪夜は、今、俺に、どうして欲しい?」
夏樹が言葉を強調するように、ゆっくりと区切って問いかけてきた。
俺が……夏樹さんに……して欲しいこと?
夏樹が、雪夜の腰から手を離した。背中に感じていた温もりが遠ざかるのを感じて、急に心がざわついた。
いやだ……離れないで……離さないで……っ
「あのっ……俺……」
夏樹さんの方を向きたいけど、足が震えて動けない……振り返って夏樹さんがいなかったら……どうしよう――……!!
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