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どんなに暗い夜だって… 3-7(夏樹)
「思ったよりも早かったですね」
ドアを開けた佐々木が意外そうな顔で夏樹を見た。
「タクシーで来たからね。んで、何があった!?雪夜は!?」
「まぁ、落ち着いて。雪夜は中ですよ」
キッチンを抜けて奥の部屋に行くと、部屋の隅に泣きながら膝を抱えて丸くなっている雪夜がいた。
「風呂から出て、寝ようとしたらあの状態になったんです。もう小一時間になりますね。俺じゃどうにもならなくて……」
後から部屋に入ってきた佐々木が、お手上げポーズで軽く肩を竦 ませた。
「風呂では大丈夫だった?」
「風呂は一応一緒に入ったんですけど、特に変わったことはなかったです」
「……一緒にね……ふ~ん」
「別に何もしてませんよ」
佐々木が呆れた顔をした。
別に嫉妬をしたわけではない。
雪夜が鏡を見て倒れたことを話してあったので、心配して一緒に入ってくれたのだろう。
そういうところは本当によく気が利く。
雪夜が、佐々木は仲間内では密かに“おかん”と呼ばれていると言っていたことを思い出した。
「わかってるよ。……過呼吸みたいな発作は起こさなかった?」
「呼吸の方は大丈夫でした。急に泣き出してあの状態に……」
「そうか……たぶん、不安定だった時の状態に戻ってるだけだから、一晩眠れば大丈夫だと思うけど……」
夏樹が近付いても、雪夜は気づかず、虚ろな目で泣き続けていた。
「雪夜、迎えに来たよ」
雪夜の前にしゃがみ込んで、そっと話しかける。
「……っなつ……きさっ……ん」
「うん、遅くなってごめんね」
「っ……なつきさんがっ……いない……っ」
あ~……やっぱり……
精神が不安定だった時、夏樹が傍にいないとこんな風に泣いていた。
「うん、ここにいるよ」
雪夜の頭を優しく撫でると、ようやく雪夜が顔を上げた。
「……っなつきさん?」
「うん」
「俺……なつきさん怒らせちゃった……」
ん?怒らせ……何が?
不安定な時は、雪夜の思考があちこちに飛んでいるので、不用意に返事ができない……
が、今の言葉については思い当たる節がない。
「……怒ってないよ。おいで」
両手を広げて呼ぶと、雪夜が首にぎゅっと抱き着いてきた。
その勢いがよすぎて、受け止める時に思わずペタンと尻もちをついた。
何とか片手をついて身体を支える。
「なつきさっ……ごめっ……さいっ……」
「……ぉっと……ん、大丈夫、怒ってないよ。一緒に帰ろうね」
雪夜を抱きしめて、背中をトントンと撫でる。
「……っぁい……」
夏樹は、そのまま雪夜を抱っこして立ち上がった。
「じゃ、連れて帰るよ。世話かけたね」
腕を組んで部屋の壁にもたれていた佐々木が、雪夜の鞄を取って渡してくれた。
「いえいえ、まぁだいたい予想してたから。だから酒飲むなって言ったんですよ」
佐々木が当然のような顔をして言う。
そういうことかっ!
だったら先に言ってくれよっ!
まったく……ほんとひねくれてるなぁ……
「……さすがだね。それじゃ、タクシー待たせてるから、ありがとう」
「また詳細はメールしますよ」
「お願いします」
***
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